エイプリルフールの恐竜たち【第72号】

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【140字まとめ】今日は「エイプリルフール」ですね.今日は科学史に残るエイプリルフールである「ネッシー」事件を取り上げます.実は古生物学の研究には,他にも冗談や冗談では済まされない事件があったんです.中には騙そうとしたところ,本当に新種の古生物を見つけてしまったこともあったようです.
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猫です,おはようございます.
今日4月1日は「エイプリルフール」ですね.
2008年4月1日,イギリスの公共放送局「BBC」はニュース番組の中で「南極で空飛ぶペンギンの群れを発見し,世界で初めて撮影に成功しました」と映像を紹介しました.
企業文化なのか,国民性なのか,BBCの「エイプリルフール」は伝統芸になっています.
例えば1957年の放送で「今年は『スパゲティの木』が豊作です」とやったことは有名です.また1976年にはBBCラジオのほうで,天文学者パトリック・ムーアが「今朝の9:47ぴったりにジャンプしたら,無重力状態を感じられるでしょう.惑星が直列して,地球の重力を打ち消しますからね」とやりました.もちろん冗談だったのですが「天井に頭をぶつけてしまったじゃないか」という苦情もBBCには届けられたそうです.

「スパゲティの収穫」を伝えるBBCのニュース映像
さて,今日は「エイプリルフール」に因んで,科学史における「本気にされた冗談」そして「冗談では済まされなかった話」をお届けします.
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《目次》
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科学史を騒がせた謎の生物はエイプリルフールだった〜ネッシー
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冗談だったのか本気だったのか〜ピルトダウン人
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詐欺のつもりが新発見?〜羽毛恐竜アルケオラプトル(アーケオラプター)
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おすすめ書籍:なぜあの人のジョークは面白いのか?―進化論で読み解くユーモアの科学
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おすすめTEDトーク:TED講演者をおそった最大の悪夢
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Q&A
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一伍一什のはなし

科学史を騒がせた謎の生物はエイプリルフールだった〜ネッシー
「ネッシー」は正式名称を「ロッホ・ネス・モンスター」あるいは「ネス湖の怪獣」と呼びます.ネッシーとはもちろん,イギリスはスコットランドのネス湖で目撃されたとされる未確認動物ですね.
ネッシーの目撃談は意外にも相当古く,西暦690年頃の書物に,565年に未確認動物が目撃されたとの記録が残されています.565年ですからもちろん大英帝国はまだなく,諸民族が群雄割拠していた時代です.日本で言えば「仏教伝来」の頃ですね.

ネッシーの写真とされる「外科医の写真」 (Author disputed, but was originally published under the claimed authorship of Robert Kenneth Wilson. Image from Daily Mail., Fair use.)
ネッシーが一躍有名になったのは1934年4月に「デイリー・メール」紙に掲載された「外科医の写真」からです.この写真はロンドンの産婦人科医ロバート・ケネス・ウィルソンが「突然湖面に現れたネッシーを撮影した」と主張したものです.
この「外科医の写真」はその後60年にわたって,ネッシーが存在する根拠とされました.もちろん懐疑論のほうが主流ではあったのですが「存在しない」ことを証明するのは大変に難しいものです.存在を示すには証拠を見せれば良いのですが,存在しないことを示すには,あらゆる可能性を潰さないといけないのですから.
しかし1994年,真相が明らかになります.イギリスの俳優・プロデューサ・映画監督であったマーマデューク・ウェザラルの義理の息子,クリスチャン・スパーリングが死の間際に「義理の父がネッシーの足跡を発見しのだが科学者に否定されたので,おもちゃの潜水艦を使ってトリック写真を撮った.有人のウィルソン医師に偽証を依頼した.エイプリルフールの冗談のつもりだった」と言い残したことが,イギリス「サンデー・テレグラフ」紙に掲載されたのです.
イギリスの鳥類学者・自然保護活動家・画家・オリンピック銅メダリストのピーター・マークハム・スコット卿は1975年に,ネッシーに
Nessiteras rhombopteryx (ネッシテラス・ロンボプテリクス)
という学名を提唱し,かつ絶滅危惧種として登録することを提案しました.この学名は古代ギリシア語で「ダイヤ型のひれを持つネス湖の怪獣」という意味なのだそうですが,後に
Monster hoax by Sir Peter S (ピーター・スコット卿の嘘つき怪獣)
のアナグラム(言葉遊び)であったことが見破られています.
イギリス風の冗談て,僕はなんか好きなんですよね.皆さんは如何でしょうか?
僕には英語圏のことしかわかりませんが,20世紀のイギリスやアメリカ東海岸の絵本や映画を見ると「みえみえの冗談」に対してはかなり寛容な気がします.
冗談だったのか本気だったのか〜ピルトダウン人
イギリスの考古学者チャールズ・ドーソンは1912年,イースト・サセックス州のピルトダウンで,とある化石人骨を発見したと主張しました.19世紀末から20世紀初頭にかけては「ネアンデルタール人」の化石や「ジャワ原人」の化石が発見されており,一種のブームだったのかもしれません.現在,ネアンデルタール人は旧人類の「ホモ・ネアンデルターレンシス」あるいは現生人類近縁の「ホモ・サピエンス・ネアンデルターレンシス」に分類されており,ジャワ原人のほうは原人の「ホモ・エレクトス」に分類されています.

チャールズ・ドーソンらとピルトダウン人の頭蓋骨 (John Cooke, 1915)
ピルトダウン人も当初は原人の一種と考えられ「エオアントロプス・ドーソニ (Eoanthropus dawsoni)」日本語で「ドーソン原人」あるいは「曙人」と呼ばれました.ドーソンの「発見」当初から懐疑的な声はあったようなのですが,ネアンデルタール人がドイツから発見され,ジャワ原人がオランダ領インドネシアから発見されたこともあって,心理的バイアスがかかったのか,イギリス人科学者の多くにドーソンの「発見」を本物と見る向きがありました.
1953年,イギリスの自然人類学者ケネス・オークリー,解剖学者ウィルフリッド・ル・グロス・クラーク,生物学者ジョセフ・ウィーナーらによって精密な調査が行われ「ドーソン原人」はオランウータンの顎と,おそらくは「クロマニョン人」の頭頂骨を「うまい具合に」くっつけたものだということが明らかにされました.
このとき既にドーソンは亡くなっていたのですが,世間の「犯人捜し」は盛り上がりを見せ,なんと「シャーロック・ホームズ」の作者であるコナン・ドイル「黒幕説」まで囁かれました.
しかし2003年,イギリスの考古学者マイルス・ラッセルはドーソンの「発見」のうち少なくとも38点がねつ造であることを結論づけ,ドーソン自身が「ドーソン原人」のねつ造をしたのだろうとしました.ドーソンは次々と考古学的発見をすることから「サセックスの魔法使い」とも呼ばれていたのですが,日本の「ゴッド・ハンド」と似た結末になったようです.
好意的に解釈しても「ドーソン人」は「ブリティッシュ・ジョーク」ではなく欺瞞だったと言えるでしょう.
詐欺のつもりが新発見?〜羽毛恐竜アルケオラプトル(アーケオラプター)
1999年11月,ナショナルジオグラフィック誌は中国遼寧(りょうねい)省で新しい羽毛恐竜の化石が発見されたと報道しました.この化石は恐竜の一種である獣脚類(じゅうきゃくるい)と鳥類とを結びつける種であると,報道されました.
獣脚類にはティラノサウルスのような有名な恐竜も含まれています.日本でも獣脚類の化石が見つかっていますね.
鳥類は2億年前から1億5,000万年前ごろの「ジュラ紀」の間に,この獣脚類から進化したのではないかと言われています.約6,600万年前の「大量絶滅」で恐竜は絶滅していますが,鳥類は生き延びたとされています.1860年に発見された「始祖鳥」学名「アーケオプテリクス」は鳥類の祖先,あるいはその近縁種とみられていますが,鳥類の「はじまり」は謎に包まれています.
中国で「発見」されたこの新しい化石「アルケオラプトル」は,獣脚類と鳥類を結びつける鍵となるはずでした.
しかし,この「アルケオラプトル」と名付けられた化石はねつ造だったのです.この「偽」化石もやはり,いくつかの化石を「混ぜて」作られたものでした.2000年2月に,報道を見た中国の古生物学者である徐星 (Xu Xing) が体と尻尾が一致しないことを指摘し,ナショナルジオグラフィック誌が調査に乗り出したのです.

アルケオラプトル(下段)はヤノルニス(左上)とミクロラプトル(右上)の合成だったようだ (Entelognathus, CC BY-SA 4.0)
古生物学者の周忠和 (Zhou Zhonghe) が科学誌ネイチャーに寄稿した記事「アルケオラプトルのベター・ハーフ」によると,化石の頭部と本体上部は「ヤノルニス・マルティニ」という白亜紀の鳥類のものでした.しかもX線トモグラフィーから,ヤノルニス・マルティニは魚を食べていたことが分かったのです.
エイプリルフールの起源ともされる,16世紀フランスの「ポアソン・ダブリル (poisson d’avril)」は直訳すると「4月の魚」という意味です.ヨーロッパでは中世までは3月が新年だったため,お正月が1月1日に変更になってしまったのを嘆いたフランス人が4月1日をばか騒ぎの日に決めた,という説があるのです.まさか「ヤノルニス・マルティニ」が魚を食べていたことから,ポアソン・ダブリルに結びつくとは思わないですが,ネイチャー誌がわざわざ「配偶者」という意味もある「ベター・ハーフ」を科学記事の見出しに使ったのは,少しばかりの「洒落」だったのかもしれません.
さて「アルケオラプトル」の尻尾の部分なのですが,これがどこから来たのかが当初は不明でした.そしてなんと,これが「ミクロラプトル」という新種の恐竜だったことがわかったのです.なお「アルケオラプトル」の足の部分については,何の種なのか,未解明とのことです.
化石をねつ造したつもりが,新種の化石だったわけですね.
これもまた,科学史に残る「冗談」というか「落ち」になるでしょう.
恐竜はおよそ2億5,000万年前の「三畳紀」に登場し,2億年前から1億5,000万年前の「ジュラ紀」に繁栄し,6,600万年前まで続いた「白亜紀」の最後に絶滅しています.ネッシーに似た恐竜もまた,白亜紀の最後,約6,600万年前の「大量絶滅」を免れられませんでした.
最後に,一人の哀れな教授をご紹介します.18世紀,ドイツのヴュルツブルク大学のヨハン・ベリンガー教授・医学部長です.彼は学内で尊大に振る舞ったため,同僚たちに一杯食わされました.ベリンガーが化石採集にしばしば訪れていた山中に,同僚たちが石灰岩で作った「偽」化石を埋めておいたのです.
18世紀と言えばまだ進化論が受け入れられてない時代で,化石も「ノアの箱舟」伝説における洪水によって出来たものという認識もあった時代なので,仕方ないと言えば仕方ないのですが,ベリンガーはこの「偽」化石をすっかり本物と信じ,本まで出版してしまいました.
ベリンガーが余りに信じ込んでしまったため,同僚たちはついに「悪戯」を白状します.同僚たちは職を追われてしまうのですが,ベリンガーのほうも現在に至るまで「一杯食わされた教授」として名を残しています.
エイプリルフールも程々に,ということを歴史は我々に教えてくれているのでしょう.
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ユーモアは最強の生存戦略であり,笑いは最強の武器である.人を魅了し,人間関係を円滑にし,いかなる苦難をも「笑い飛ばす」力が,ユーモアにはある.笑いたいという欲求は世界共通であり,あらゆる人たちが笑う.しかし,ものすごくウケるジョークがあれば,まったくウケないジョークもある.何を言っても面白く聞こえる人もいるのに,何を言ってもつまらなく聞こえる人もいる.本書では,大昔から伝わる古びないジョークや,鋭いウィットに富んだ政治や社会を風刺する現代のジョークまで,100以上の傑作ジョークを紹介しつつ,エディンバラ大学の進化生物学研究所教授が,「間違いと不調和の解消」という,進化がもたらした「笑い」の本質に迫る.
イギリスのエディンバラ大学生物科学部進化生物学研究所のジョナサン・シルバータウン教授が,ユーモアに関する知見を,ユーモアたっぷりに教えてくれます.
でも結局のところ,ユーモアの科学はわからないことばかり.
本書にはこんなジョークも書かれています.
傑作コメディーには三つの基本原則がある.でも残念なことに,誰もそれを思い出せない
そういうことかもしれませんね.
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太陽光発電クラウドソーシング健康管理システムを世界に向け紹介するため,コリン・ロバートソンがTEDの舞台で与えられた3分間.そこで起こったのは・・・
TEDカンファレンスにはこんな冗談みたいなプレゼンテーションもあるんです.冗談みたいな,というか冗談ですね.
世界各地で開かれるTEDxイベントでは,かつて「必ず一定割合のTEDトークを紹介すること」というルールがありました.僕たちがTEDxKyotoを開催したときには,どうしてもこのトークを入れたくて紹介しました.
ただ紹介しただけじゃなくて,レインボー傘とか,会場を飛び回るビーチボールとか,全身タイツのダンサーまで仕込んだんですよ.
やり過ぎた気がします.
パーティシパント(聴講者)の皆様には大変に受けたのですが,ついカメラさんに伝えるのを忘れていて「カメラに当たったらどうするんだ」と心配をかけました.
とは言え,楽しかったです.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週はこちらの質問から.
今までに見た最も難読な漢字は何ですか?
「妛」です.「𡚴(あけび)」ではなく「妛」です.
未だに読み方が分かりません.
実はこの字は「幽霊文字」と言って,文字コードが割り当てられているものの,存在しない文字なのです.というわけで,読み方も存在しないのです.ただし,文献によっては無理矢理「やまいちおんな」としています.
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.
一伍一什のはなし
このニュースレターをお届けするのは新年度初日の4月1日なのですが,配信予約は年度末の3月31日です.もう,なんで年度末と新年度って同時にやってくるのでしょう.少し間を開けてくれても良さそうなものなのに.ほんと,古代ローマでは現在の12月である「第10の月」つまり「デッケンベル」が年度末で,新年度は3月からだったんですよね.
そうそう,ポッドキャストを本格的に始めてから話芸への興味が広がりまして,古典落語を聞き始めました.これが結構はまりまして「時そば」なんかもう何十回も聞いています.作品では冒頭で男が屋台の蕎麦屋に
おぅ,蕎麦屋,何が出来るンでぃ.花巻にしっぽくかぃ?それじゃぁな,すまねぇがしっぽくを熱くしてもらおぅじゃねぇか.
と声をかけます.そして蕎麦を食べ始めると
おッ,しっぽくだから竹輪がへぇってるよ.厚いねぇ.でぇじょうぶかぃ?こんな厚く切って,元は取れンのかい?
と蕎麦屋に声をかけるのです.
聞いているうちに作中の蕎麦が美味そうでたまらなくなり,最近は毎日自宅で竹輪を乗せた蕎麦を食べています.
竹輪というのは罪深い食材ですね.確実に価格と味覚が比例しています.やんなっちゃうので,今日からは同じく「ときそば」に出てくる「花巻」蕎麦にしておきます.こちらは海苔だけなので,理論上はお安くなります.江戸時代はどちらも「16文」今の値段で300円前後だったそうですが,竹輪と海苔で同じ値段にしようと思ったら,竹輪は相当薄く切らないといけないですよね.
ということを考える猫でした.
来週から人間に戻ります.
🐾
今週も最後までお読みいただきありがとうございます.メールでお読み頂いた皆様は,よろしければボタンを押して行ってくださいませ.(ボタンは匿名化されています.集計したデータはこのニュースレターの内容改善以外には用いません.)
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では,また来週,お目にかかりましょう.
ニュースレター「STEAM NEWS」
金谷一朗(いち)
TEDxSaikaiファウンダー・パイナップルコンピュータ代表・長崎大学情報データ科学部教授
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