結婚の数学【第32号】
【140字まとめ】「結婚」に関する数学の話題を3点お届けします.ひとつめは「合コン」で誰もが浮気をしないようにする数学的な方法.ふたつめは人生のどのタイミングで結婚すべきかを知る数学的な方法.みっつめは「知の巨人」と呼ばれたレヴィ・ストロースが「やらかした」婚姻と数学の関係についての説明.
いちです,おはようございます.
今週は「結婚」に関する話題を3点,お届けします.
1点目は「安定結婚問題」です.と言っても,結婚生活の問題ではありません.こういう名前の数学問題があるのです.この「安定結婚問題」を解いたアメリカの経済学者ロイド・シャープレーは2012年にノーベル経済学賞を受賞しています.
2点目は「秘書問題」という別の数学問題です.こちらは別名を「結婚問題」と言うのですが,確かに結婚に応用できるのかも,と思えなくもない問題設定です.
数学者たちは何やら結婚にこだわっているようにも見えますが,いずれも「ものの例え」なので,実際の結婚とは関係がありません.
最後に余録として,本当の結婚について数学的考察を加えたレヴィ・ストロースの説をご紹介したいと思います.
安定結婚問題
どうか皆さん,ここで合コンをイメージしてください.現実にはコロナ禍で合コンどころではないのですが,想像上の合コンということでひとつお付き合いください.話をシンプルにするために,男性3名,女性3名が集まっているとし,全員が異性愛者(ヘテロセクシャル)とします.
男性も女性もそれぞれ,付き合いたい人に順位付けをした希望リストを作ります.男性の名前を例えばアーロン(a),ベン(b),クリス(c)としましょう.女性の名前はアナ(A),ブリタニー(B),クローディア(C)としましょう.
アーロン(a)の希望リストはこうなっています.1位:ブリタニー(B),2位:クローディア(C),3位:アナ(A).誰でもいいんかいってのは置いておきます.アナの希望リストはこんな感じです.1位:ベン(b),2位:クリス(c),3位:アーロン(a).最初の合コンで順位付けなんで出来へんわ,ぶーぶー,というのも置いておきます.
このようにして,6人全員が希望リストを作ります.リアルな合コンでは3位とかもう脈なしだとは思うのですが,ここはもう,無理矢理にでも順位付けしたものとしてください.男性3人(a〜c)と女性3人(A〜C)が希望リストを作ります.この希望リストを「選好(せんこう)順序」と呼びます.
男性,女性からもう1例ずつ選好順序を書き出しておきましょう.ベン(b)の選好順序はこうです.1位:アナ(A),2位:ブリタニー(B),3位:クローディア(C).ブリタニー(B)の選好順序はこうです.1位:クリス(c),2位:アーロン(a),3位:ベン(b).まとめると次のようになります.

男性3名,女性3名の合コンのイメージ(クリスとクローディアの選好順序は省略)
さて,ここで全員の希望リストを壁に貼り出します.このときに,うまく調整すると,全員が「これ以上は望めない」というマッチングを行えます.この調整の仕方は「ゲール=シャープレーの方法」として知られています.

まずマッチングの定義からしましょう.マッチングとは,簡単に言うと一人を複数人で共有していない状況のことです.例えばアーロン(a)をアナ(A)とブリタニー(B)が共有している,という状況は無しです.
次に「完全マッチング」の定義です.完全マッチングとは,誰もがマッチングしている状況です.ぼっちもいないし,共有も無い状態です.
各人の選好順序を無視すれば簡単に完全マッチングを行えます.例えばアルファベット順にaとA,bとBというふうにペアを決めていけば,不満は募るでしょうが完全マッチングにはなります.このような状況を不安定なマッチングと呼びます.選好順序を全無視しているため「浮気」が発生し得るのです.

選好順序を無視してアルファベット順にマッチングした結果
アルファベット順に完全マッチした状況では,ベン(b)とアン(A)が相思相愛の仲にも関わらず,マッチングしていません.このようなペアを数学用語で「ブロッキング・ペア」と呼びます.ブロッキング・ペアは「いずれ浮気をするペア」と読み替えても良いのです.ブロッキング・ペアが存在する状況を「不安定なマッチング」と呼びます.

ベン(b)とアナ(A)はお互い選好順序が現在のマッチングより高いペアなのでいずれ浮気する
この不安定なマッチングを避けるための方法が「ゲール・シャープレーのアルゴリズム」と言われる方法です.アメリカの数学者デイビッド・ゲールと,同じくアメリカの数学者ロイド・シャープレーによって発見されました.
アルゴリズムは次のようなものになります.
ステップ1. 独身の男性(xとする)が存在する限り,以下のステップ2とステップ3を繰り返す.
ステップ2. 男性xがまだプロポーズしていない女性の中で,最も希望順位の高い相手女性Xにプロポーズする.
ステップ3. もし女性Xが独身ならば男性xは女性Xと婚約する.もし女性Xが別の男性(yとする)と婚約している場合,女性Xにとって男性yのほうが好ましければ,女性Xは男性xを振る.もし女性Xにとって男性xのほうが好ましい場合は,女性Xは男性yとの婚約を解消して男性xと婚約する.
婚約や婚約解消となると現実味のない話ですが,このアルゴリズムはあちこちで用いられています.例えば,僕が以前勤めていた大学では,研究室(ゼミ)配属のときに学生の希望と教員の希望をマッチングするために用いられていました.また「医師臨床研修マッチング協議会」は研修医と病院のマッチングにゲール・シャープレーのアルゴリズムを採用しています.
秘書問題,結婚問題,あるいはスルタンの持参金問題
皆さん,今度はあなたがボスになって,秘書を雇いたいところを想像してください.

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あなたの事務所は大人気で,100人の応募がありました.応募者の能力はばらばらですが,ともかく1位から100位まで順位があるとします.当然あなたは能力上位の応募者を採用したいと思っています.しかし面接は一人ずつ順番にしか出来ませんし,面接中の応募者の能力が全体の何位なのかはわかりません.また毎回の面接後,その応募者を採用するか否かを即決しなければなりません.キープは禁止です.そして一度採用を決めたら,残りの応募者は門前払いにしなければなりません.
というわけで,あなたは先着順に面接をしていって,ある程度面接をしたところで「もうこの辺で」と思い切って採用しなければなりません.最後尾まで面接をしてしまうと,能力が低くても最後尾の応募者を採用しなければならないからです.さて,あなたはだいたい何人目で面接を打ち切るのが良いでしょうか.
この問題に対して,驚くべき回答が見つかっています.
まず先頭から37人の採用は見送ります.38人目が,これまでの37人よりも優秀ならば即採用します.もし先頭の37人に劣るようなら,39人目を面接します.このようにして,先頭の37人を我慢して,38人目からは過去最高なら即採用というポリシーで面接を回します.こうすることで,およそ37パーセントの確率で最善の選択が行なえます.他の方法を使っても,これ以上の確率は望めません.
一人ずつしか面接できないこと,キープできないこと,一人採用したら残りの候補者は門前払いしないといけないことから,この問題は「秘書問題」よりも「結婚問題」としてより知られているようです.例えば20歳から40歳の間で結婚したいとして,3ヶ月ずつお付き合いしていくとすると最大80人と付き合えることになりますが,この場合は最初の29人を無条件に見送ります.つまり27歳までは結婚しないということですね.そして,30人目からは,お相手に過去最高が来たら即結婚です.あとからもっといい人が来るかもしれないという可能性,いや妄想は捨てるのです.
ボスの代わりに「平民」とし,秘書候補の代わりに「持参金付きのスルタンの娘」として,秘書問題を「スルタンの持参金問題」と呼ぶこともあります.この場合,スルタンの娘はそれぞれ異なる持参金を持っているとするのです.いやあ,スルタンの娘100人から求婚されるなんて,どれだけモテる設定なんでしょうか.
結婚の数学的構造
この号で取り上げたふたつの問題は,比喩として結婚を使ったものです.実際の結婚がこのような数学的方法ではうまく行かないのは,ご想像のとおりです.ご希望とあらば実例をお話できますが…
それはさておき,結婚という社会的システムを数学的に記述しようとした社会人類学者がいます.フランスのクロード・レヴィ・ストロースです.彼は「親族の基本構造」という書籍で,数多くの民族の親族関係と婚姻規則を定式化しようとしました.もっとも,数学的側面に関しては同じくフランスの数学者アンドレ・ヴェイユに助力を求めています.
レヴィ・ストロースの業績について,僕の知識では論評を加えるような大それたことは出来ないのですが,それでもヴェイユは随分と手を抜いたなと感じましたし,レヴィ・ストロースがヴェイユの言ったことを本当に理解できていたのだろうかという疑問も残りました.というわけで,レヴィ・ストロースとヴェイユが「何を見たか」についてだけ,このレターに付け加えておこうと思います.
社会の中には「親子」「兄弟姉妹」「夫婦」「オジオバ」などの「親族関係」が自明にあり,その関係によって個人が結びついた社会集団,つまりはクラスタがあります.そして,レヴィ・ストロースによると,クラスタ間で「女」が移動することを「婚姻」と呼ぶのです.女の一方的な移動ではいずれ破綻しますから,この移動は長い目で見ると「交換」になります.
兄弟姉妹婚の禁止のように,婚姻には社会的ルールがあります.古代エジプトのトトメス1世とハトシェプストは有名な兄弟姉妹婚の例ですが,現代ではスウェーデンに見られる極めて少数の例外を除いて全世界で禁止されています.
より厳格な婚姻ルールを定めている社会もあります.オーストラリア大陸の北部砂漠にもともと住んでいた人たちに見られたルールで「カリエラ型」と呼ばれるルールがその一例です.
この社会では全員が四つのグループに分かれています.それぞれ A1, A2, B1, B2 とします.もしあなたの父親がA1出身で,あなたの母親がB2出身ならば,あなたはB1であり,あなたはA2出身の誰かとしか結婚できません.この社会では,婚姻はA1とB2のあいだ,あるいはA2とB1のあいだでしか認められないのです.またA1とB1,A2とB2は父子関係,A1とA2,B1とB2は母子関係と定められています.

日本語に無理やり置き換えてみると「源氏の父と平氏の母を持った息子は必ず藤原氏に養子に出され,橘氏の娘と結婚させられる」というイメージでしょうか.
この図が,数学の「置換群」という概念のなかのひとつとそっくりだということを,レヴィ・ストロースが見つけました.あるいは彼の友人や後継者が見つけました.しかしあまり生産的な議論ではないようなので,もっと具体的な数学と置き換えてみます.
四角形を思い浮かべてください.正方形,平行四辺形,長方形,等脚台形の4種類です.正方形の各辺の長さをそのままに,コーナーの角度をちょいといじってやると平行四辺形になります.また正方形の各コーナーの角度をそのままに辺の長さを伸ばしてやると長方形になります.図にするとこうなります.

「ほら,似てるでしょ」
ということのようなのですよね.我々エンジニアは何かを予測するため,そして制御するために抽象化を行います.レヴィ・ストロースの仕事は「ああ,これは複雑に見えたけれど,その背景は単純なルールだったんだね」という理解のための抽象化のように,僕には見えます.エンジニアから見れば,なんとも中途半端な仕事にさえ見えてしまいます.
とは言え,社会人類学に数学的の持つ「抽象化」「構造化」と言った考え方を決定的に持ち込んだのは,レヴィ・ストロースの業績と言えるのでしょう.
おすすめTEDトーク

TED
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ふたつめのアイディアは,本号でもご紹介した「秘書問題」.
みっつめのアイディアは「離婚の回避法」.心理学者ジョン・ゴッドマンと数学者のジェームズ・マレーが見つけた方法は,ハンナに,そして僕にも,驚きの結論でした.
おすすめ書籍
恋愛に潜むパターンを,数学が解き明かす.あらゆる自然現象にルールがあるように,人間の恋愛もパターンに満ち溢れている.ならば,数学の出番.恋人の見つけ方から,オンラインデートの戦略,結婚の決めどき,離婚を避ける技術まで,人類史上もっともミステリアスな対象=LOVEに,統計学やゲーム理論といった数理モデルを武器にして挑む.イギリスBBCなどでアウトリーチ活動に励む数学者が,人生の一大事に役立つ驚くべき知見を引き出しつつ,「数学と恋愛する」楽しさをも伝える.「つまみ読みでも平気だが,実用性を重視する向きに第7章は不可欠なのでお見逃しなく.『運命の人を見つけるまでに,何人と付き合うのが合理的か?』という問いは,人生設計においてとても重要なものとなりうる」
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Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および実名質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週はこちらの質問から.
日常生活でちょっとした想定外のことが起こった場合,咄嗟にどんな行動をしたり,どんなことを考えたりしますか?
そうですね,例えば便座をおろし忘れて便器に座ってしまったときは,このまま下水道まで落下していくのかと思って両手を高く上げました.
手だけでも上げておけば掴み上げてもらえるだろうと期待して.
長い長い一瞬のあと,状況を把握しました.
こちらの匿名質問サイトで質問を受け付けています.質問をお待ちしております.
振り返り
このニュースレターでは「振り返り」動画を公開しています.今週は「ブルー」について,ブルーの中でお話しました.
動画の音声だけを切り出してポッドキャストにもしています.
是非お楽しみください.
あとがき
今週は「ブルーの歴史」の別冊「ブルーについてもっと勉強したい人へ」を火曜日にお送りしてみました.こちらは本文を書くにあたって参照したリンク先や,ちょっとしたノート,そして,本文を送信した後に思いついた感想などをただ並べたものです.もし本文のストーリーをお読みになって,さらにもう一歩踏み込みたいと思った方の参考になればと意図したものなので,ご興味がなければ別冊は読み飛ばしてください.
別冊のほうはいずれ有料配信にしようと思っています.これは別冊のほうが価値があるというわけではなく,このニュースレター執筆を支援してもいいよという方へのささやかなお礼のつもりです.また,本文だけに興味がある方は,今まで通り無料購読していただければ良いので,お邪魔にならないかなとも思うからです.
ニュースレター本体は引き続き無料配信していきます.是非ぜひ,ご興味の有りそうな方にもおすすめくださいね.
さて,今週は「結婚の数学」にまつわるお話を3点お届けしました.最初の2点は結婚や恋愛に応用できなさそうですし,最後の1点は「これを数学と呼んでいいのだろうか」と悩ましい内容です.
とは言え,人類にとって最も長く,最も切実な問題であり,またアートの根源でもある「ラブ」に挑んだ数学者たちはいつの時代もいるのです.いつかまた,そんな数学者たちのお話をしてみたいと思います.
ところで読者の皆さんは「合コン」 の経験がどのぐらいお有りでしょうか?僕を直接ご存じの方は意外に思われるかもしれないのですが,僕は合コンがかなり苦手で,数回しか経験がありません.婚活パーティを主催したことは複数回あるのですが,ゲストとして合コンに参加したことは本当に数えるほどしか無いんですよ.
安定結婚問題を解いたロイド・シャープレーはきりっとしたお顔立ちで,なかなかモテそうな雰囲気だったのですが,ホームパーティの人気者だったりしたのでしょうか.ノーベル賞を史上2番めの高齢(89歳)で受賞された頃は「もじゃもじゃ頭」に「ひげ」と,どこかで見たことがあるような風貌でした.
今週も最後までお読みいただきありがとうございます.メールでお読み頂いた皆様は,よろしければボタンを押して行ってくださいませ.(ボタンは匿名化されています.集計したデータはこのニュースレターの内容改善以外には用いません.)
では,また来週,お目にかかりましょう.
ニュースレター「STEAM NEWS by Ichi」
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TEDxSaikaiファウンダー・パイナップルコンピュータ代表・長崎大学情報データ科学部教授
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