【第21号】お酒

お酒にまつわる科学とアートのお話
金谷一朗(いち)
2021.05.07
読者限定

このレターには音声版があります

いちです,おはようございます.

最近,お酒にまつわる驚きのニュースがふたつ飛び込んできました.

ひとつめのニュースは「おいおい,現代に『禁酒法』かよ」というニュースでした.政府は2021年4月25日から5月11日の間,東京都,大阪府,兵庫県,京都府に対して「緊急事態宣言」を発出しました.東京都はさらに,緊急事態宣言の期間中は飲食店に対して酒類の提供を取りやめるよう要請しました.(この緊急事態宣言は5月末まで延長される模様で,対象地域も拡大されそうです.)

なお飲酒は禁止されていないので,自宅で飲む分には問題ないことになります.「禁酒法」の名で知られるアメリカ合衆国憲法修正第18条およびボルステッド法は酒類の製造,販売,輸送,輸出入などを禁じたのですが,飲酒そのものは禁止しませんでしたので,東京都の要請を禁酒法になぞらえるのも間違いとは言い切れません.

僕たちが毎年調査に行くエジプトはイスラム教徒が90パーセントを占めるため,飲酒の習慣があまりありません.しかし市内にはいくつか酒屋があるため,隊員は時々「エリクサーの補給」と称してお酒を買い求めに行っていました.エリクサーは人気ゲーム「ファイナルファンタジー」シリーズで登場する,万能の回復薬です.

エジプトのステラビール(筆者撮影)
エジプトのステラビール(筆者撮影)

ふたつめのニュースは嬉しいニュースでした.日本の国立森林総合研究所が「木」からお酒を作る技術を確立したとのことです.発表は2020年11月だったのですが,先週ネットでトレンドになりました.木からお酒を作る技術は人類史上初の発見になります.この技術,お酒の生産だけでなく「バイオエタノール」という化石燃料に頼らないエネルギー源としても期待できます.

今週はそんなお酒にまつわる科学とアートのお話をお届けします.

お酒と錬金術

お酒のことをよく「アルコール」と言います.アルコールはアラビア語由来の単語で,12世紀にイスラム世界の錬金術とともにヨーロッパに持ち込まれました.ただし,現代の化学では,アルコールは様々な種類の化学物質の総称として用いられています.例えば燃料に使われるメタノール,酒精とも呼ばれるエタノール,香料に使われるプロパノール,殺菌に使われるイソプロパノール,不凍液のエチレングリコール,保湿剤のグリセロール(通称グリセリン)などはアルコールの一種です.このうち,お酒に入っているのはエタノールだけです.

そして,このエタノールこそが僕たちを酔わせるのです.いえ,実はメタノールだって飲めば酔っ払うそうですが,毒性が強いため決して飲んではいけません.

アルコールの分子は,炭素(C)で出来た胴体と,酸素(O)と水素(H)で出来たしっぽに分けて考えることが出来ます.このしっぽのことを化学用語で「ヒドロキシ基」と呼んで,化学者は「-OH」と書きます.

胴体のほうは炭素で出来ているのですが,アルコールの種類によってその長さや形が違います.僕の大好きなエタノールは炭素が2個なので,化学者は「C-C-OH」と書きます.もし炭素が1個だったら,つまり「C-OH」だったら,その物質はメタノールです.もし炭素が3個並んでいたら,つまり「C-C-C-OH」だったら,その物質はプロパノールです.

実は化学者は「当たり前のことを省略してしまう」性質を持っています.先程のエタノール「C-C-OH」は本当は次のような形をしています.

エタノールの構造(Cが炭素,Oが酸素,Hが水素を表す)
エタノールの構造(Cが炭素,Oが酸素,Hが水素を表す)

炭素(C)に水素(H)がくっつくのは,化学者にとっては「当たり前」なので省略してしまうのです.なので,この稿でも当たり前のHは省略しますね.

さて,今度は炭素(C)がひとつもない「アルコール」を考えてみましょう.今度はHを省略せずに書いてみます.

「H-OH」

水素(H)がふたつと酸素(O)がひとつ…H2O…見覚えありませんか?そうです,ただの「水」なんです.水には炭素でできた胴体が無いので,水はアルコールの仲間には入れません.しかしアルコールのしっぽの「-OH」は水と共通なので,アルコールは水と大変馴染みやすいのです.実際,水にエタノールを加えていっても無限に溶けていきます.塩を水に溶かしていくといつか溶けきれなくなりますが,エタノールは永遠に溶けるのです.

これはつまり,お酒を濾過しても,お酒に何かを加えても,お酒を試験管に入れて振り回しても,お酒からエタノールだけを抽出することは出来ないということを意味します.お酒に含まれるエタノールの割合を「度数」と言いますが,お酒は何年寝かせても度数が上がることはありません.アルコール度数5度のビールを蔵で寝かせてもアルコール度数40度のウイスキーになることはありません.水とエタノールががっちりと溶け合っているからですね.

では,度数の高いお酒はどのようにして出来ているのでしょうか.

度数の高いお酒を作る技術こそが,イスラム世界の「錬金術」が生み出した大発明なのです.

その前に,お酒の始まりについて見ていきましょう.

ここから先は限定公開です

下記からメールアドレスを入力するだけで続きを読むことができます。

すでに購読された方はこちら

ログインする