【第21号】お酒
最近,お酒にまつわる驚きのニュースがふたつ飛び込んできました.
ひとつめのニュースは「おいおい,現代に『禁酒法』かよ」というニュースでした.政府は2021年4月25日から5月11日の間,東京都,大阪府,兵庫県,京都府に対して「緊急事態宣言」を発出しました.東京都はさらに,緊急事態宣言の期間中は飲食店に対して酒類の提供を取りやめるよう要請しました.(この緊急事態宣言は5月末まで延長される模様で,対象地域も拡大されそうです.)
なお飲酒は禁止されていないので,自宅で飲む分には問題ないことになります.「禁酒法」の名で知られるアメリカ合衆国憲法修正第18条およびボルステッド法は酒類の製造,販売,輸送,輸出入などを禁じたのですが,飲酒そのものは禁止しませんでしたので,東京都の要請を禁酒法になぞらえるのも間違いとは言い切れません.

僕たちが毎年調査に行くエジプトはイスラム教徒が90パーセントを占めるため,飲酒の習慣があまりありません.しかし市内にはいくつか酒屋があるため,隊員は時々「エリクサーの補給」と称してお酒を買い求めに行っていました.エリクサーは人気ゲーム「ファイナルファンタジー」シリーズで登場する,万能の回復薬です.

ふたつめのニュースは嬉しいニュースでした.日本の国立森林総合研究所が「木」からお酒を作る技術を確立したとのことです.発表は2020年11月だったのですが,先週ネットでトレンドになりました.木からお酒を作る技術は人類史上初の発見になります.この技術,お酒の生産だけでなく「バイオエタノール」という化石燃料に頼らないエネルギー源としても期待できます.
今週はそんなお酒にまつわる科学とアートのお話をお届けします.
お酒と錬金術
お酒のことをよく「アルコール」と言います.アルコールはアラビア語由来の単語で,12世紀にイスラム世界の錬金術とともにヨーロッパに持ち込まれました.ただし,現代の化学では,アルコールは様々な種類の化学物質の総称として用いられています.例えば燃料に使われるメタノール,酒精とも呼ばれるエタノール,香料に使われるプロパノール,殺菌に使われるイソプロパノール,不凍液のエチレングリコール,保湿剤のグリセロール(通称グリセリン)などはアルコールの一種です.このうち,お酒に入っているのはエタノールだけです.
そして,このエタノールこそが僕たちを酔わせるのです.いえ,実はメタノールだって飲めば酔っ払うそうですが,毒性が強いため決して飲んではいけません.
アルコールの分子は,炭素(C)で出来た胴体と,酸素(O)と水素(H)で出来たしっぽに分けて考えることが出来ます.このしっぽのことを化学用語で「ヒドロキシ基」と呼んで,化学者は「-OH」と書きます.
胴体のほうは炭素で出来ているのですが,アルコールの種類によってその長さや形が違います.僕の大好きなエタノールは炭素が2個なので,化学者は「C-C-OH」と書きます.もし炭素が1個だったら,つまり「C-OH」だったら,その物質はメタノールです.もし炭素が3個並んでいたら,つまり「C-C-C-OH」だったら,その物質はプロパノールです.
実は化学者は「当たり前のことを省略してしまう」性質を持っています.先程のエタノール「C-C-OH」は本当は次のような形をしています.

炭素(C)に水素(H)がくっつくのは,化学者にとっては「当たり前」なので省略してしまうのです.なので,この稿でも当たり前のHは省略しますね.
さて,今度は炭素(C)がひとつもない「アルコール」を考えてみましょう.今度はHを省略せずに書いてみます.
「H-OH」
水素(H)がふたつと酸素(O)がひとつ…H2O…見覚えありませんか?そうです,ただの「水」なんです.水には炭素でできた胴体が無いので,水はアルコールの仲間には入れません.しかしアルコールのしっぽの「-OH」は水と共通なので,アルコールは水と大変馴染みやすいのです.実際,水にエタノールを加えていっても無限に溶けていきます.塩を水に溶かしていくといつか溶けきれなくなりますが,エタノールは永遠に溶けるのです.
これはつまり,お酒を濾過しても,お酒に何かを加えても,お酒を試験管に入れて振り回しても,お酒からエタノールだけを抽出することは出来ないということを意味します.お酒に含まれるエタノールの割合を「度数」と言いますが,お酒は何年寝かせても度数が上がることはありません.アルコール度数5度のビールを蔵で寝かせてもアルコール度数40度のウイスキーになることはありません.水とエタノールががっちりと溶け合っているからですね.
では,度数の高いお酒はどのようにして出来ているのでしょうか.
度数の高いお酒を作る技術こそが,イスラム世界の「錬金術」が生み出した大発明なのです.
その前に,お酒の始まりについて見ていきましょう.
お酒の始まり
お酒は主に「醸造酒」「蒸留酒」「混成酒」の3種類に分けられます.「醸造酒」が歴史上最も古いお酒で,原料によってさらに細かく分類することが可能です.
醸造酒は果実や穀類を微生物によって発酵させたもので,エタノールを数パーセントから多くて20パーセント程度含みます.
エタノールは「C-C-OH」という,炭素(C)で出来た胴体に酸素(O)と水素(H)で出来たしっぽがくっついたものでした.このエタノールはどのようにして生まれたのかと言うと,微生物による「アルコール発酵」によるものなのです.アルコール発酵とは,微生物がぱくぱくと「糖」を食べて,アルコールの「おしっこ」と炭酸ガスの「げっぷ」を出すことです.炭酸ガスとは二酸化炭素つまり酸素2個と炭素1個の化合物のことで「O-C-O」の形をしています.
詳しく見てみましょう.
代表的な糖である「グルコース(ブドウ糖)」は「C-C-C-C-C-C」という胴体に「-OH」のしっぽが6個ついています.実際には胴体は輪になっているのですが,紙面の都合で鎖状に書かせていただきました.グルコースは合計すると炭素(C)が6個,酸素(O)が6個,水素(H)は省略されたぶんも含めて合計12個からなっています.これを微生物たちがぱくぱくと食べて,エタノール「C-C-OH」2個と炭酸ガス「O-C-O」2個に分解するのです.原子を数えてみると,エタノールは炭素2個,酸素1個,水素6個,炭酸ガスは炭素1個,酸素2個.それぞれ2倍して足し算すると,炭素6個,酸素6個,水素12個と帳尻が合います.
このようにアルコール発酵させる微生物は世界中のどこにでもいます.古代の人から見たら,グルコースの溶けた甘い水は「自然にお酒に変わっていく」性質を持っているように見えたことでしょう.
グルコースは果実や蜂蜜に多く含まれているため,初期のお酒は果実や蜂蜜から作られたものと考えられます.実際,人類が最初に手にしたお酒は蜂蜜酒と言われていて,旧石器時代にあたる1万4千年前には作られていた様子です.フランスの社会人類学者レヴィ=ストロースは,蜂蜜酒の発明を「自然から文化への移行であり,人間の行動を決定づける行為である」と述べています.
ところで,蜂蜜酒を飲みたいなと思った方は「蜂蜜酒」ではなく外来語の「ミード」でネットショップを検索してみてください.日本語の「蜂蜜酒」は「蜂蜜を混ぜたお酒」も含むので,成分や製法を見てから選んでくださいね.
ブドウから作られるワインも歴史が大変古く,新石器時代には造られていたようです.ジョージア(グルジア)には7,000から5,000年前にワインが醸造されていたと見られています.ネットショップで「グルジアワイン」を検索すると色々出てきますので,ご関心のある方は是非.[参考文献1]
ギリシア神話に登場する「ディオニュソス」という神様はワインと酩酊を司ります.ギリシアの神々の飲み物のことを「ネクタール(nectar)」と呼びますが,現代では花の蜜のことをネクター(nectar)と呼びます.蜂蜜酒は16世紀頃まで一般的だったそうなので,ディオニュソスは蜂蜜酒も飲んでいたのでしょう.本誌【第8号】ではそんなディオニュソスもご紹介していますので,よろしければ併せてお読みください.
他にヤシの樹液を発酵させた「椰子酒」や,馬乳を発酵させた「馬乳酒」も歴史が古いと考えられています.特に馬乳酒を造る微生物たちはエタノールと同時にビタミンCも作り出すため,モンゴルでは貴重な栄養源にもなっています.明治生まれの実業家三島海雲はこの馬乳酒をヒントに後の「カルピス」を考案したそうです.
穀物から造るお酒
やがて人類が穀物を育てるようになると,穀物からお酒を造る技術が自然発生します.穀物の主成分はデンプンで,そのままではアルコール発酵しません.デンプンはグルコースが鎖のように長く繋がったものです.人間の唾液には「アミラーゼ」という,デンプンを小さな糖に分解する「酵素」が含まれていますので,お米のような穀物をよく噛んだあと吐き出して放置すると,デンプンが糖に分解されて,自然とお酒になっていきます.日本でも縄文時代後期にはこの方法でお酒が造られていたようです.
デンプンを糖に分解する「糖化」という自然現象が発見されると,唾液を使った醸造は廃れていきました.「コウジカビ」のような微生物の一種はアミラーゼを分泌するので,唾液を使わなくてもお米からお酒が大量に出来るのです.特に日本で見つかった「ニホンコウジカビ」はデンプンのほかにタンパク質も良く分解するなど有能で,2006年に日本醸造学会大会で「国菌」に認定されています.
一方,お米や麦は発芽時にアミラーゼを自分で合成します.特に麦芽は効率よくアミラーゼを合成するので,麦がある程度発芽したところで生育を止めてしまえば,勝手にお酒になってくれます.思い出してください,アルコール発酵は糖をエタノールと炭酸ガスに分解することでした.麦芽を砕いて水に溶かしておいてアルコール発酵させると,エタノールと炭酸ガスと,残った麦芽ジュースの混合物…つまり「ビール」が生まれます.
白状すると,僕は高校生の頃このようにしてビールを造ってみたことがあります.結果は大失敗.炭酸ガスの発生量が思いのほか多く,フラスコを爆発させてしまったのです.おかげで,ビールメーカーがなぜ炭酸飲料をついでに作るのかがよくわかりました.

ビールの歴史も大変古く,ワインと同じく7,000年前に遡ると考えられています.古代エジプトにはビールに関する最古の記録も残されています.ただ,おそらくですが,この時代,というよりはヨーロッパではつい数百年前ぐらいまでは,ビールは酔うためではなく水の保存用ないし浄化用として機能していたように感じます.エジプトもヨーロッパも日本のように大量に雨が降るわけではなく,水質も硬いので,溜めた水はビールにしとけということではなかったでしょうか.ここらへんはもっと研究してみたいですね.
16世紀,バイエルン公国(現在のドイツとオーストリアの一部)のヴィルヘルム4世が制定した「ビール純粋令」は,ビールは大麦,ホップ,水のみで作るようにという命令でした.それまでは様々な混ぜものがされており,またパン作りに必要な小麦もビールに使われていました.ビール純粋令は小麦の確保が主たる目的だったようですが,ビールと蜂蜜酒を混ぜる習慣もこの頃から廃れていったよです.
蒸留酒
醸造酒は微生物の力によってエタノールを作り出していたのですが,エタノールを作りすぎると,微生物自身がエタノールによって死滅してしまいます.そのため醸造酒のエタノール濃度はおよそ20パーセント程度までで打ち止めになります.
水とエタノールは深く混ざり合うために,分離することは困難でした.それを可能にしたのが「蒸留」という技術です.水は100度で沸騰するのに対し,エタノールは78.3度で沸騰します.そこで,水と少しのエタノールの混合物,つまりは醸造酒を78度前後に加熱して蒸気を集め,その蒸気を冷やすとエタノールが多めの水・エタノール混合物が得られます.このプロセスを蒸留と呼びます.水も沸騰前から蒸発を始めているので,蒸留してもエタノールから水を完全に取り除くことは出来ませんが,水の割合を減らすことが出来るのです.蒸留を数回繰り返すことで,水とエタノールの比率がおよそ半々になるぐらいのお酒が出来上がります.これを「蒸留酒」と呼びます.
この蒸留の技術は,古代メソポタミアに起源を持つと言われています.そして,早くも紀元1世紀のアレクサンドリアでは「アルケミスト」すなわち「錬金術師」が蒸留の研究をしていたという記録が残っています.アルケミストたちは金以外の金属,例えば鉛から金を作る方法を研究しました.

なんとか金属を変質させられないかと考えた彼らが作り出したのが「アランビック」という蒸留器です.金属の変性には使えませんでしたが,香油の精製やお酒の蒸留を可能にしました.アランビックはおそらく16世紀前後に日本に伝わり,江戸時代には「蘭引(らんびき)」と呼ばれました.日本の蒸留酒である「焼酎」の製造も16世紀ごろから始まるようです.
産業革命の時期には蒸留器も改良を受け,19世紀初頭には「連続式蒸留器」が発明されています.連続式蒸留器は蒸留酒の大量生産に適した装置で,これに対して伝統的な蒸留器は「単式蒸留器」と呼ばれるようになりました.日本では単式蒸留機を使った焼酎を「本格焼酎」と呼ぶことが認められています.
錬金術の究極の目標は「賢者の石 (philosopher’s stone)」を作り出すことでした.賢者の石と言えば「ハリー・ポッターと賢者の石」でも有名ですね.賢者の石はあらゆる金属を金に変え,水を不老不死の霊薬「命の水」に変えます.命の水のことを,アルケミストたちは「調和をもたらす物質」のアラビア語「アル・イクシール」と呼んだそうです.アル・イクシール…命の水「エリクサー」の語源ですね.
僕たちがエジプトの酒屋で買い求めていたものは,命の水でした.
ギムレットには早すぎる?
醸造酒,蒸留酒と来たので,最後に「混成酒」の話をしましょう.混成酒とは,醸造酒または蒸留酒に様々なエキスを配合したものです.日本では焼酎に青梅と氷砂糖を漬け込んだ「梅酒」が有名ですね.混成酒もお酒なので,一般的には製造に免許が必要ですが,1962年に改正された酒税法は梅酒を例外扱い出来るように巧妙に作られています.冒頭でご紹介した,ミードじゃない方の「蜂蜜のお酒」もまた混成酒の一種と言えるでしょう.
お酒をお酒以外の液体で割った飲み物は「カクテル」と呼ばれます.水が美味しい日本では「水割り」が最も有名なカクテルだ,とも言えます.カクテルという言葉の語源は諸説あるのですが,よくわかっていません.

有名なカクテルのひとつに「ギムレット」があります.アメリカのハードボイルド小説「長いお別れ」(ロング・グッドバイ)の中で,登場人物テリー・レノックスが主人公フィリップ・マーロウに「ギムレットには早すぎる」と話すシーンが出てきます.ギムレットは元々イギリス海軍の将校が艦内で飲んでいたカクテルとされ,蒸留酒の「ジン」とライムジュースを混ぜたものでした.
「長いお別れ」のテリー・レノックスもジンと「ローズ社製ライムジュース」を半分ずつ混ぜたものが正しいギムレットだと主張します.このローズ社製ライムジュースですが,かなりの砂糖または甘味料が加えられており,随分と甘いです.ハードボイルド小説なのできりっとしたカクテルかと僕は思っていたのですが,飲んでみると違いました.
現在出回っているギムレットのレシピは辛口のものですし,やはりハードなイメージがあるのか,僕が質問サイトQuoraで「ギムレットて要するにレモン酎ハイですよね?」と聞いてみたところ,共感は得られませんでした.
酒で人生が狂った科学者たち
ここで「酒で人生を狂わせた科学者たち」の話を挟みましょう.お一人目はティコ・ブラーエ.酒で人生を狂わせたと言っても,彼は酒乱ではありませんでした.むしろ礼儀正しすぎたせいで,死んでしまったのです.本誌【第10号】にも登場するティコ・ブラーエは,1601年にプラハで開かれた宴席でワインを飲みすぎました.しかし,同席した貴族に気を遣ってトイレに立つことを我慢したことが原因で,腎不全で亡くなりました.ティコは墓石に「賢者のように生き,愚者のように死んだ」と彫るように命じたと伝えられています.トイレへは遠慮なく行きましょう.
イギリスの数学者,ウィリアム・ローワン・ハミルトンは数学,物理学に多大な功績を残し,またなかなかの社交家だったのですが,晩年はアルコール依存症になり,1865年に亡くなりました.遺体が発見されたとき,ハミルトンの部屋は酒と肉汁にまみれた200冊以上のノートで埋め尽くされていたそうです.
彼が晩年に心血を注いだ「四元数(しげんすう)」の研究は,少数の熱狂的支持者を除けば無視されました.明治の日本はその数少ない熱狂的支持者を輩出したのですが,その日本でさえ四元数の研究は最近まで忘れられていました.現在,四元数はコンピュータグラフィックスや量子力学といった最先端の工学,科学分野で使われています.
科学者の酒にまつわる失敗談というのは残りにくいのか,洋の東西を問わずあまり語られていません.そもそも強い酒が生まれたのは蒸留酒発明以降ですし,近代科学の本場ヨーロッパはアジア人よりも比較的お酒に強い人が多かったこともあって,あまり酒乱のエピソードを聞きません.なぜヨーロッパ人がお酒に強いのかと言えば,僕に言わせるとアジアより水が悪く,仕方なく酒を飲んでいたからだと睨んでいるのですが,本当のところはわかりません.
あまり声高には言われていませんが,日本の蘭学者で一万円札の顔にもなっている福沢諭吉は大酒飲みで,あるときは酔っ払って素っ裸で「適塾」を歩き回り,緒方洪庵先生のご夫人にばったりと出会ってしまったそうです.それがきっかけで禁酒に挑戦するのですが,酒の代わりにと煙草に手を出してしまい,結局両方をやめられなくなってしまいます.本人曰く「一箇月の大馬鹿をして酒と烟草と両刀遣いに成り果て」てしまったそうです.人生が狂ったとまでは言えませんが,酒の失敗も多々あったものと想像できます.
古代ギリシアの哲学者プラトンは「18歳になるまでワインを飲んではならぬ.40歳になるまで泥酔してはならぬ.しかし40歳になれば多少は許される」と言ったそうです.ただしプラトン自身がそう述べたかどうかは記録に残っておらず,僕が調べた範囲では16世紀フランスの哲学者ミシェル・ド・モンテーニュが「プラトンがこう言った」と述べたのが起源のようです.
木からエタノール
さて,ここまで醸造酒,蒸留酒,混成酒そしてカクテルと見てきました.
醸造酒は,蜂蜜や果実などの糖,あるいは穀物を糖化させたものを発酵させたもの,蒸留酒は醸造酒を蒸留したものでした.混成酒とカクテルは醸造酒や蒸留酒に混ぜものをしたものでした.ということは,醸造酒が全てのお酒の出発点ということですね.
森林総合研究所の2020年11月の発表によると「水と食品用の酵素,醸造用の酵母のみを用いて」木の繊維を糖化し,アルコール発酵させる技術を開発したとのことです.出来たお酒は元々の木の成分も含んでいますから,木の香りもふんだんに残っているそうです.醸造酒であるワインや蒸留酒であるウイスキーも木樽に詰めて木の香りを移すぐらいですから,木そのものをお酒にするとなかなか華やかな香りがしそうです.
いずれ,酒屋さんに木のお酒が並ぶ日も来るのでしょう.酒飲みには楽しみですね.
酒とアート
さてさて,英語版ウィキペディアでは「アルコール関連死」というページが充実しています.「アルコールによる死のリスト」で著名人を探していくと,圧倒的にアーティストが多いようです.アーティスト以外はアルコール依存症を隠す傾向が強いということもあるかもしれません.
冒頭でご紹介した禁酒法とアートには,驚きの関係があります.アメリカで禁酒運動が最高潮に盛り上がった1910年代は,サイレント映画の全盛時代でもありました.酒場が下火になると,大衆の娯楽として映画に注目が集まり,酒場から映画館へと転業した例もかなりあったようです.映画産業の振興は禁酒法の思わぬ波及効果だったのですね.[参考文献2]
アジアで「酒とアート」と言えば,詩仙と讃えられた李白でしょう.彼は唐代の詩人で,宮廷に仕え楊貴妃の美しさを詠んだ歌も残しています.また,日本から来た阿倍仲麻呂とも親交がありました.日本映画「空海〜KU-KAI〜美しき王妃の謎」には李白と楊貴妃も出てきます.僕には「猫」の映画でしたが.
李白は酒癖が悪かったようで,後に宮廷から追い出されています.伝説によれば,李白は酒に酔って水面に映る月を捉えようとして船から落ち,溺死したと言われています.僕の自宅近くのカフェバーは海から10歩ほどしか離れていないので,僕もいつか酔っ払って海に落ちるんじゃないかと思っています.

李白は「月下独酌」(月下に独り酌む)という詩で月と酒を高らかに歌い上げています.現代風に訳すとこんな感じでしょうか.
コロナ禍で外出できないあいだ,ひとり酒を酌むのも良いかもしれません.
おすすめ書籍
酒に呑まれた人類史.石器時代から人は酒を飲んできた.シュメール人や古代エジプト人は何を飲んでいたのか.ギリシア人とローマ人とヴァイキングたちの宴とはどのようなものだったのか.蒸留酒があたえた衝撃とは.古代中国やイスラム圏,さらにロシア,オーストラリア,中米にいたるまで,酔っぱらいたちをめぐる人類史.
とんでもなく面白い本を見つけてしまいました.
著者マーク・フォーサイズのイギリス人らしいブラックジョークが散りばめられた本書は,ホモサピエンス以外が飲酒をするとどうなるのかから,メソポタミア,古代エジプトに始まり,古代ギリシア,原始キリスト教徒たち,そして禁酒法下のアメリカまでの飲酒について語っています.
どの章も驚きの内容が歯切れ良く語られているので,僕は一気読みしてしまいました.
著者が行ったTEDトークもこちらでご覧いただけます.日本語字幕もありますよ.
おすすめTEDトーク

カフェインで目が覚めて,アルコールで眠くなってしまいますよね?実はそんな単純な話ではありません.カフェインとアルコールが睡眠の量と質に与える驚くべき影響について,睡眠科学者のマット・ウォーカーが語ります.
カフェインとエタノールのそれぞれが睡眠に与える影響について,短くまとめています.
この動画を見ると,コーヒーやお酒との付き合い方を少し考えるかもしれません.
僕は考えました.
反省しています.
福沢諭吉になりそうですが.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および実名質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週は「納豆は日本以外でも食べられていますか?」というご質問への回答を引用します.
納豆は日本以外でも食べられていますか?
日本の納豆と全く同じではありませんが,大豆および納豆菌に近い菌を使った発酵食品として,水豆豉(中国),チョングッチャン(韓国),トウアナオ(タイ),キネマ(ネパールほか),テンペ(インドネシア)などがあるようです.
納豆菌は,納豆を包む稲藁から発見されました.納豆菌は学名を Bacillus subtilis var. natto と言い,日本の稲の藁に多数生息しています.納豆菌は芽胞(がほう)というシェルターのようなものを作ることで,100度の煮沸に耐えることが出来ます.生命力も強いらしく,腸内で病原性大腸菌の増殖を抑制するほか,日本酒づくりに欠かせない微生物たちの邪魔もするようで,日本酒づくりの「天敵」にも名指しされています.
こちらの匿名質問サイトで質問を受け付けています.質問をお待ちしております.
振り返り
このニュースレターでは「振り返り」動画を公開しています.今週は【第20号】でお届けした「考古学と『ムーアの法則』の意外な関係」を振り返りました.動画の後ろに「遣唐使船」が写っています.空海も乗ったであろう遣唐使船のサイズ感を感じていただければとも思います.
動画の音声だけを切り出してポッドキャストにもしています.
是非お楽しみください.
あとがき
今週もお読みいただきありがとうございます.また,SNSで感想をくださった皆様,重ねて御礼申し上げます.
本誌【第19号】の「トリチウムは怖くないけれど…」で,窒素がC14になるくだりが分かりづらいというご指摘をSNSで頂きました.ごめんなさい!説明を端折ってしまいました.
窒素原子は別名N14と言いまして,陽子が7個,中性子が7個から出来ています.一方,C14のほうは陽子が6個,中性子が8個から出来ています.両者とも,陽子と中性子の個数の合計は14で同じで,それゆえ重さもだいたい同じです.
C14のほうの中性子はたまに陽子へと変化します.このときにベータ線という放射線を放出するのでした.C14の中性子1個が陽子へ変わると,結局陽子7個,中性子7個になって窒素(N14)になります.
大気中の窒素は宇宙から放射線を受けているので,逆に窒素からC14に変化するものもいると考えられます.窒素はもともと陽子7個,中性子7個でしたが,大気中で中性子1個を直接受け取り,その代わり陽子1個を放出してしまいます.その結果,陽子6個,中性子8個の原子,つまりC14に変化するのです.放出した陽子は近隣の電子を捕まえて水素になると考えられます.
さて,今週はお酒の話をお届けしました.
何年も前の話になりますが,京都でお茶の師匠にバーに連れて行っていただいたことがあります.その日は海外出張の前日で,流石に終電を逃すとまずいなあという時間帯だったのですが,折角のお誘いだったので喜んでついていきました.
そこで1杯目に出されたのが,無色透明なカクテル.大変飲みやすかったのですが,一発でノックアウトを喰らいました.聞けば,特別な「ロングアイランド・アイスティー」だったとか.ロングアイランド・アイスティーは世界4大蒸留酒のジン,ラム,ウォッカ,テキーラを混ぜた上に,何種類かの香り付けと甘味づけをほどこしてコーラで割ったものです.僕が飲んだのはコーラ抜きだったのですが,コーラ入りでもエタノール濃度が25パーセントほどあるようなので,バーに行かれる際は飲み過ぎにご注意ください.
僕はその夜,ほうほうの体で終電に乗り,翌日に関空から旅立ちました.
では,また来週お目にかかりましょう.
参考文献
ニュースレター「STEAM NEWS by Ichi」
発行者:いち(金谷一朗)
TEDxSaikaiファウンダー・パイナップルコンピュータ代表・長崎大学情報データ科学部教授
バックナンバーはこちらから👉 https://steam.theletter.jp
匿名質問はこちらから👉 https://marshmallow-qa.com/kanaya
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