【創刊準備号】「Go To トラベル」利用と新型コロナウイルス感染症の関係は?

「科学的に正しい」とはどういう事?
金谷一朗(いち) 2020.12.19
誰でも

こんにちは,いちです.

新しくニュースレターを始めました.国内外のSTEAM分野(科学・技術・工学・アート・数学)に関するニュースをマニアックな視点から解説します.おすすめする関連書籍,TEDトークなどもニュースレターに掲載する予定です.

週1回程度の配信を予定しています.また過去記事はウェブでご覧いただけますので,ご高覧頂ければ幸いです.

さて,今週は「GoToトラベル停止」を題材に,科学的な正しさとは何かについてお話したいと思います.

GoToトラベル停止

12月14日に政府はGoToトラベルキャンペーンの一時停止を発表しました.2020年12月28日から2021年1月11日までの間,全国を対象としてGoToトラベルを停止するそうです.理由は,新型コロナウイルス感染症のこれ以上の拡大を防ぐためです.

つまり,GoToトラベルを続けると,新型コロナウイルス感染症が広がり続けるだろうという判断なわけですね.

政府が東京も含めたGoToトラベルキャンペーンを開始したのが今年の10月1日でした.その頃はまだ1日あたり感染者数が1,000人未満に抑えられていたのですが,11月に入ると1,000人以上,12月に入ると2,000人以上が常態化してしまいます.

GoToトラベルによって人口の多い東京から日本各地へ人が移動するわけですから,これが感染拡大の原因と考えるのは直感にあうことです.しかしそれはまだ「直感」に過ぎないのです.

論文とはなに?

今月「Go Toトラベル利用者の方が,新型コロナウイルス感染症を示唆する症状をより多く経験していることが明らかに」という記事が公開され,多くの報道機関が報じるところとなりました.元になった論文はmedRxivというウェブサイトに置かれています.本記事を書いたのはカリフォルニア大学ロサンゼルス校助教 (Assistant Professor) の津川友介氏で「世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事」などの著書がある研究者です.

さて「Go To トラベル利用者の方が…」記事には冒頭に

本論文はプレプリントであり,著者ら以外の専門家からの科学的検討(査読)はまだ受けておりません.しかし,政策上重要なテーマであるため,速報性を重視するために公開しております.
医療政策学×医療経済学

という注意書きがあります.

この「査読」というものが何なのかわかりにくいかもしれないので,簡単な説明をしましょう.

研究のゴールは,ひとまずは論文発表です.科学分野で有名な「サイエンス」や「ネイチャー」などはこのような論文を集めた論文誌です.こういった論文誌には世界中から論文原稿が送られてくるわけですが,それらは一旦,査読というプロセスにまわされます.査読というのは,同じ分野や近い分野の研究者に,論文の妥当性を検討してもらうことです.そしてこれが,大変に厳しい.分野にもよりますが,誤魔化しはほとんど効かないと言っていいでしょう.

このような厳しい査読プロセスを経て,投稿された論文は「正当な論文」すなわち「学術論文」になるのです.査読前ながら公開される論文は「プレプリント」とも言います.当然,プレプリントの説得力は学術論文の説得力に比べると相当に落ちることになります.

科学者は必ず,査読なしのプレプリントと査読ありの学術論文の区別をつけるものです.津川友介氏が記事の冒頭で「本論文はプレプリントであり…」と断ったのはそのためでしょう.

本記事は津川氏のプレプリントの内容を否定するものではなく,同氏の公正な態度を称賛し,研究者の端くれである僕も襟を正すものです.

なお,査読を経て出版された論文はさらに歴史の中で揉まれていくことになります.そして生き残った説だけが「科学的に正しい」と言われるようになるのです.

論文の中身

さて,論文の中身ですが,このプレプリント論文では「日本全国の大規模なデータを用いて,GoToトラベルの利用した経験のある人は利用経験のない人に比べて,発熱・咽頭痛・咳・頭痛・嗅覚/味覚異常を呈する割合が高いこと」を示しています.この結論は公開されているデータから導かれているので,強い反論は起きにくいと思います.

しかし,Aという傾向(GoToトラベルを利用した)とBという傾向(新型コロナウイルス感染症の症状がある)に「関連がある」からといって,それが直ちに「因果関係がある」とはなりません.そのことはこのプレプリント論文の中にも書かれています.極端な話「おっちょこちょいな人はすぐに調子に乗ってGoToトラベルを利用するし,手洗いやマスクを忘れがちで新型コロナウイルス感染症にかかりやすい」という可能性すらあるのです.この可能性もプレプリント論文に書かれています.

おそらくは,多くの研究者が冒頭にご紹介した直感,すなわち「GoToがコロナ拡大の原因なんじゃない?」を信じていることでしょう.しかし,その直感だけでは結論とは言えないのです.直感からスタートするけれど,直感がゴールではない.ちゃんと検証する,ちゃんと記録を残す,ちゃんと同業者と確認をし合う.これが,人類が数千年をかけて発明した「科学的方法」なのです.

《追記:2021年1月21日に,次の「書籍紹介」に登場する「8割おじさん」こと西浦博先生の学術論文「“Go To Travel” Campaign and Travel-Associated Coronavirus Disease 2019 Cases: A Descriptive Analysis, July–August 2020」(GoToトラベルキャンペーンと旅行由来の2019型コロナウイルス感染症:2020年7月から8月にかけての記述的解析)が公開されました.本論文では,GoToトラベルキャンペーン期間中に旅行由来の新型コロナウイルス感染症増加があったことを示し,その原因が GoToトラベルキャンペーンであることを示唆しています.》

書籍紹介

「8割おじさん」こと西浦博先生の著書です.新型コロナウイルス感染症とどう戦ってきたのか,時系列に事細かく書かれています.事実の紹介と,その時何を思ったのか,なぜそれを実行したのかという気持ちの吐露と,そしていくつかの政府批判が盛り込まれています.1章ごとにコラムでその時の背景が書かれており,読者はこの1年に何が起こったのかを振り返ることが出来ます.

僕自身はもう少し科学的な内容を期待したのですが,内容はどちらかと言えばドキュメンタリーでした.それでも,科学者が社会的危機に対してどのように戦ったのか,それもほぼリアルタイムとも言えるこのタイミングで公開されたことは大変に意義のあることだと思います.おそらくは長く1次資料として参照されるでしょう.

おすすめTEDトーク

ミリアム・シディベ「手洗いの持つシンプルな力」(日本語字幕)は2014年に収録されたTEDトークです.彼女は言います.「肺炎や下痢,コレラや,より深刻な病気(SARSやエボラ出血熱さえも!)も石けんによる手洗いには勝てません.」多くの感染症が石鹸による手洗いで予防できます.新型コロナウイルス感染症も100%の防御は無理にしても,石鹸による手洗いで感染の確率を下げることは出来ます.ぜひ彼女のトークを御覧ください.

もし石鹸に興味が出てきたら,僕のブログ記事「この世界が消えたあとに石鹸を手に入れる方法」もお読みいただけると嬉しいです.

Q&A

匿名質問サイトマシュマロで質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.

過去にはこんな質問を頂いています.

金谷さんの折れない心がすごいといつも関心しております.どうしたら,鍛えられますか?
マシュマロ

いや実はしょっちゅう心折れてますよ...でも「笑う門には福来たる」と信じて笑っています.不思議なもので,嘘でも笑っているうちに本当に楽しくなってきます.

あとがき

僕はブログを15年書いてきましたが,ブログには出来るだけ時事ネタは入れないように,入れるとしても話の導入だけにとどめるようにしてきました.ブログは検索流入がかなりあるので,一応タイムライン表示機能はあるものの,あんまり時事ネタを置いておきたくないんですよね.かと言ってツイッターだとあまり長文も書けないし...という理由で,ブログ以外の情報配信プラットフォームを探していました.

というわけで,一周回ってニュースレター(メルマガ)に戻ってきた感じです.この配信プラットフォームは theLetter を使わせていただいているのですが,まだ立ち上がったばっかりで,配信者も審査制でした.theLetter 創業者のおひとりである濱本さんは大変真摯な方で,僕が「このプラットフォーム潰れまへんか?」「潰れたらデータ持ち出しまっせ」等など無礼な質問をさせていただいたのですが,ひとつひとつ丁寧にご説明くださいました.ニュースレター配信にご興味のある方には,おすすめしたいプラットフォームです.

では,また次の配信でお目にかかりましょう.どうぞお元気で.

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発行者:金谷一朗(いち)

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