第7の芸術・第4の科学【第137号】
2️⃣いま「第4科学」と呼ばれる「データ科学」が誕生しています
3️⃣僕たちは「次の芸術」「次の科学」を見られるかもしれません
いちです,おはようございます.
角川武蔵野ミュージアムで「体感型古代エジプト展 ツタンカーメンの青春」が始まりました.河江肖剰先生(ゆきさん)の紹介動画もありますので,ぜひご覧になってくださいね.

さて,今週は「第7の芸術」と「第4の科学」についてお話をします.芸術や科学に番号がついているのってなんかヘンだと思いますよね? でも芸術家や科学者の間ではなんとなく合意が取れているナンバリングなんです.
先に答えを言ってしまうと,第7芸術とは「映画」のこと,第4科学とは「データ科学」のことなんです.
ふむ.もう少し掘り下げていきましょう.
【お知らせ】8月13日に長崎県美術館でTEDxDejima EDイベントを開催します.招待制ですので,招待コードをご希望の方は7月21日までに本メールアドレスへご返信ください.数に限りがあります.
📬 STEAM NEWS は国内外のSTEAM分野(科学・技術・工学・アート・数学)に関するニュースを面白く解説するニュースレターです.
《目次》
-
第7の芸術:映画
-
第4の科学:データ科学
-
第7芸術の先・第4芸術の先
-
今週の書籍
-
今週のTEDトーク
-
Q&A
-
一伍一什のはなし
第7の芸術:映画
世界初の「映画理論家」と呼ばれるイタリア人リチョット・カニュード(Ricciotto Canudo)は1911年に「第6芸術宣言」と題した文章を発表します.この宣言の中で,彼は当時登場したばかりのメディアだった「映画」を「新しい芸術」と定義しました.
映画の発明を一人の功績に帰することは難しいのですが,それでもアメリカの発明家トーマス・エジソンによる「キネトスコープ」が映画の時代を作ったとすることに異論を挟む余地はないでしょう.キネトスコープの公開が1893年ですから,その18年後にはもう映画を芸術と呼ぼうという運動があったわけですね.家庭用ゲーム機に例えるなら,ゲーム機登場を1972年とすると,1990年に「ゲームは芸術だ」と宣言したぐらいの流れです.1990年といえば「ドラゴンクエストIV」の発売年ですから,技術はいつも18年で芸術へと昇華するということでしょうか.
リチョット・カニュードは後に映画を「第7芸術」と呼びなおすため,現在では1911年の宣言も「第7芸術宣言」と呼ぶことが多いです.
となると,気になりますよね.第1芸術から第6芸術とはいったい何なのか,と.
文献によって,またカニュード自身の定義にも揺れがあるのですが,だいたいこんな感じです.
第1芸術:建築.
第2芸術:彫刻.
第3芸術:絵画.
第4芸術:音楽.
第5芸術:文学.
第6芸術:舞踏.
第1から第3が「空間芸術」,第4から第6が「時間芸術」となっています.そして,第7芸術たる映画は,時間芸術と空間芸術と融合させた「時空間芸術」だというのが,カニュードの主張だったのですね.
「映画は本当に時空間芸術なのか」という問について,僕は中島貞夫監督に詳しく伺ったことがあります.僕の講義ではお話しているのですが,マニアックな話になりますので別冊でお届けしますね.
さて,このようにある分野に番号を振って区分する考え方は,科学にもあります.そして,我々はいま「第4の科学」が生まれるフェーズに生きているのです.
第4の科学:データ科学
コンピューター科学者のトニー・ヘイ(Tony Hey),スチュアート・タンスリー(Stewart Tansley),クリスティン・トール(Kristin Tolle),ジム・グレイ(Jim Gray)は「第4のパラダイム:データ集約型科学的発見法(The Fourth Paradigm: Data-Intensive Scientific Discovery)」(同書無料オンライン版)という書籍で,第4科学という考え方を紹介しました.
いきなり第4科学と言われても……だと思いますので,トニーらの言う第1科学から第3科学までをまずご紹介しましょう.
第1科学は「経験科学」.これは目の前の自然現象を説明するための科学で,たとえば「黒い雲が出たらもうすぐ雨が降る」というような単純な経験則からスタートしています.今でこそ「当たり前」に感じるかもしれませんが,文明の初期にはこれだけでも大変なことだったのです.雨を降らすのは神様の気まぐれでも,雨男のせいでもなく,物理法則に従った自然の現象だと人類が気づくのに何千年もかかったのです.
いや,ここ日本ではいまだに「これだけ努力したんだからそろそろ成果が出るはずだ」という非科学的なことを言う上司がいませんか? 成果と努力量が比例するという法則などどこにもないとあれほど……ぶつぶつ……
おほん.
第2科学は「理論科学」.アイザック・ニュートンが実践したように,数学的な思索によって理論を打ち立てる科学のことです.第2科学はどちらかと言うと自然現象よりも「理論的な美しさ」に重きを置く風潮さえ見られるのですが,これは必ずしも現実を軽視するものではありません.というのも,理論が先に現実を予測することがしばしばあるからです.たとえば「ブラックホール」の発見は,理論が先行しました.
僕はこの第1科学,第2科学の分類には必ずしも同意するものではありません.だいたいガリレオ・ガリレイ以前には「科学」は無かったとさえ思っています.それでも,この第1科学,第2科学の分類はひとつのものの見方として成り立っていることは認めます.
コンピューターシミュレーションとは,物理法則がわかっている自然現象に関して,近代的なコンピューターの暴力的とも言える計算能力を使って現実を先回りしてしまえということだと思ってください.天気予報は非常に良い具体例になります.
そして,第4科学は「データ科学」.トニーらが示したデータ科学とは,観測済みのデータから新たな知見を得ようというものです.詳しくは本誌【第33号】の「サザエさんじゃんけんに勝つ方法」を参照していただきたいのですが,すでに蓄積されている,あるいは蓄積されつつある膨大なデータを掘り起こして,新しい発見を目指すのです.(雑な説明でごめんなさい.)
具体例を挙げましょう.19世紀のロンドンで,ジョン・スノウという外科医が当時猛威を振るっていたコレラに対して,コレラの原因はわからなかったものの,患者と患者が使っていた水道会社に強い関連があることを突き止め,コレラの広がりを止めることに成功しました.コレラ菌が発見される30年前のことです.
強引な説明を続けるならば,コレラ菌を観察するのが第1科学,コレラ菌の広がりを理論化するのが第2科学,コンピューターシミュレーションによってコレラの感染状況を予測し可視化するのが第3科学となるでしょう.
19世紀のジョン・スノウは,因果関係が未解明の状態でも病気の広がりを食い止める「疫学」という学問の創設者になりました.そして,この疫学の考え方を,膨大なデータを処理できるコンピューターの力を借りて科学全般に推し進めたのがデータ科学になります.
たとえば,世界各地の天文台から集められた膨大な観測データから宇宙文明の存在を探す「地球外知的生命体探査(SETI)」は,データ科学の一例と言えます.
第7芸術の先・第4芸術の先
さて,第7芸術の先,第8芸術以降はあるのでしょうか.
まだ一般的な同意は得られていないものの,こんな言い方がフランスではされていました.
第8芸術.TVドラマ.
第9芸術.バンド・デシネ(マンガのこと).
第10芸術.ビデオゲーム.
第11芸術.メディア芸術.
後ろへ行くほどあやふやになっては行くのですが,それでも芸術は新しいメディウム(媒体)を求めていることがおわかりいただけると思います.
では科学の方はどうでしょうか? 第4科学の時代に入ったばかりではあるのですが,第5科学を提唱しているグループもいます.時期尚早な気はするのですが,ひょっとしたら人工知能(AI)が第5の科学の扉を開くかもしれません.
STEAM NEWS読者の皆様はぜひ,リアルタイムでその目撃者になってくださいね.
今週の書籍
世の中を知るには,経済学より,まずは統計学です.●ディズニーランドの行列をなくす方法は?●宝くじに当たる確率は実際どのくらい?●テロ対策とドーピング検査の共通点とは?ディズニーランド,交通渋滞,クレジットカード,感染症,大学入試,災害保険,ドーピング検査,テロ対策,飛行機事故,宝くじ――.10のエピソードで探求する「統計的思考」の世界.そのウラ側にある数字を知れば,統計学者のように思考し,自分の世界を自分で支配できるようになる.
統計学によって解明された驚きのエピソードが満載の書籍です.なかには交通渋滞を緩和するためにわざと車を待たせるという,直感に反する実例も紹介されています.
おもしろいですね.
本書の姉妹編(という設定の)「ヤバい経済学」では,大相撲の八百長も統計的手法で見抜いています.「ヤバい経済学」は2007年の出版で,大相撲八百長問題が表に出たのは2011年なのです.こちらもオススメです.
今週のTEDトーク

TED
今年の夏米国務省で行った講演で,ハンス・ロスリングは彼の見事なデータバブルソフトウェアを使い,発展途上世界についての神話を打ち砕きます.中国や緊急援助後の世界に対する新たな分析と,昔のデータを使ったショーをお楽しみください.
データは僕たちのものの見方を変えてくれます.このTEDトークの中でハンス・ロスリングが使ったプログラムはウェブで公開されています.
ところで,マイクスタンドでスクリーンを指差すの好きです.僕は1年生向けの講義のときに指し棒が見当たらなくて,モップのもふもふ部分でスクリーンを指し続けたことがありました.学生さんが笑っていいのか,大学の講義とはこういうものなのか,悩んだ表情をしていたのが可愛らしかったです.
Q&A
匿名質問サイト「マシュマロ」および質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.
今週はこちらの質問から.
あなたの「偏見」,何ですか?
研究者は「自分の苦手なこと」を研究する,と言う偏見を僕は持っています.
たとえば美術について論じる研究者は絵が下手だったり,環境問題の専門家はオフィスが散らかっていたり,そうそう,「脳科学者」に頭の悪いのもおりますでしょう.
もちろん僕は計算(computing)が苦手です.
このレターの最後に匿名質問サイトへのリンクを貼っています.質問をお待ちしております.
一伍一什のはなし
今週もあっという間に過ぎていきましたが,カレンダーや日記を見てみると,それなりに動き回っていることに気づきます.
先週は埼玉の角川武蔵野ミュージアムへ出向きまして「ツタンカーメンの青春」展の内覧に参加させていただき,館長の松岡正剛氏,エグゼクティブ・プロデューサーの角川歴彦氏と対談をさせていただきました.今月中に出版されるそうですので,またSTEAM NEWSでも書かせていただきますね.本当に楽しかったです.
そのころ長崎は大雨で,帰路の飛行機が飛ぶかどうか心配だったのですが,流石は元ゼロ戦基地というところでしょうか,長崎空港(旧大村空港)はびくともせずにフライトを迎え入れてくれました.
日曜日にはロシア皇帝ニコライ2世に関するワークショップにオンライン参加させていただきました.専門家に伺うお話は興味深く,勉強になりました.
7月4日は,僕自身が手掛けるイベント「TEDxDejima ED」の情報解禁をさせていただきました.こちらは対面のみのイベントになるのですが,もし参加してみたいという方がいらっしゃれば,本メールへの返信でお知らせください.大変わずかですが,お席をご用意できます.参加費は無料です.
というわけで,今週も長文で失礼をいたしました.
今週の音声版は,科学系ポッドキャスト有志による「科学系ポッドキャストの日」イベントと連動しています.
あ,今月から無理難題RADIOが復活しています.よろしければご笑覧ください.
🍓
今週も最後までお読みいただきありがとうございます.メールでお読み頂いた皆様は,よろしければボタンを押して行ってくださいませ.(ボタンは匿名化されています.集計したデータはこのニュースレターの内容改善以外には用いません.)
このニュースレターは下のボタンからSNSで共有できます.もし気に入っていただけたら,共有ボタンも押していってくださいませ.
では,また来週,お目にかかりましょう.
【謝辞】本ニュースレターは「STEAMボート」乗組員(STEAM NEWSサポートメンバー様)のご支援でお届けしております.乗組員の皆様に感謝申し上げます.
ニュースレター「STEAM NEWS」
金谷一朗(いち)
TEDxDejima Studioファウンダー・パイナップルコンピューター代表・長崎大学情報データ科学部教授
📚バックナンバーはこちらから👉 https://steam.theletter.jp/
🎙️ポッドキャストはこちらから👉 https://steam.fm/
📝文字起こしはこちらから👉 https://listen.style/p/steam
💭匿名質問・コメントはこちらから👉 https://marshmallow-qa.com/kanaya
🐘つぶやきはこちらから👉 https://mstdn.jp/@kanaya
🐤DMはこちらから👉 https://twitter.com/kanaya
📬メールはこちらから👉 steam.newsroom@gmail.com
☕️コーヒーの差し入れ(400円のご支援)はこちらから👉 https://ko-fi.com/steamnews
❤️🔥《STEAMな言葉》👉 https://steam.micro.blog/
ご意見,ご感想はこのメールに直接ご返信頂けます.
「STEAM NEWS」をメールで読みませんか?
コンテンツを見逃さず、購読者限定記事も受け取れます。