花火の科学【第36号】

打上花火にまつわる歴史と化学の話
金谷一朗(いち) 2021.08.06
誰でも

【140字まとめ】夏といえば(今年は見られないけれど)花火.今週は花火のルーツである狼煙,打上花火の秘密,そして花火に使われる炎色反応についてお話します.最後に,内側に向かって爆発する花火,つまりプルトニウム型原爆についてもお話します.

いちです,おはようございます.

夏といえば花火ですが,今年は,というか今年も,花火大会の中止が相次いでいます.線香花火ぐらいは楽しみたいところですが,屋内だとそれも難しいです.ここはひとつ「いちばん大事なところは想像で補う」という日本の様式美を思い出して,花火の音だけを楽しんではいかがでしょうか.Soundcloudに花火の音がアップされていたので,僕はこれを聞いています.

さて,今週はそんな花火にまつわるお話をお届けしようと思います.

花火のはじまり

花火のルーツは中国の「狼煙(のろし)」にあるとされています.紀元前214年に,秦の始皇帝によって建設が始まった「万里の長城」にも狼煙台があり,唐の時代(618年-907年)になると狼煙の文字記録もあります.この当時はもっぱら遠隔通信用に用いられたのでしょう.僕の中国人師匠は万里の長城の狼煙を「世界初の光通信」と呼んでいました.日本でも武田信玄が狼煙を活用したことで有名ですね.

一昨年,学生を世界遺産でもある長崎の野崎島に引率したときのことです.野崎島は事実上の無人島になっており,緊急時は近隣の小値賀島へ船を呼ばないといけません.もちろん電気のない島ですから,学生には「昼用」「夜用」の2種類の狼煙の上げ方を教えておきました.狼煙は白い煙のイメージが強いですが,昼間は白い煙て見えづらいんですよね.なので昼間はゴム製品を少量混ぜて燃やした黒い狼煙が推奨です.

無人島に取り残されたときは<a href="https://www.instructables.com/How-to-Build-the-Star-Fire/">「スターファイヤー」というネイティブ・アメリカンの焚き火</a>もおすすめ.
無人島に取り残されたときは「スターファイヤー」というネイティブ・アメリカンの焚き火もおすすめ.

唐代あるいはそれより少し早くに火薬が発明されると(*),すぐに「爆竹」が開発されたようです.焚き火に竹をくべるとばちっ,ばちっと爆発しますよね.以前ベルギーから来た友人と無人島で焚き火をしたところ「これが日本のバンブーか!」と言って喜んでいましたが,この竹の弾け方と似ているので爆竹と呼んだのだそうです.長崎ではお盆の「精霊流し」のときに街中で爆竹を鳴らします.この爆竹がおそらく最古の花火だろうと言われています.

*後漢の時代に発明されたとする説もあります.

宋の時代(950年-1279年)には観賞用の打上花火が誕生していたようです.1264年の記録によると,南宋皇帝「理宗(りそう)」が開いた式典で,打上花火が皇太后の近くに飛んでいったことがあるそうで,文字記録が残されています.花火職人は無事だったのか気になってしまいますね.

宋の花火は,記録によると,打ち上げられる側に推進用の火薬が使われていたようなので,現在の「ロケット花火」だったようです.大砲が発明されたのも13世紀の南宋で,14世紀には量産されていたようなのですが,大砲で花火の玉を打ち上げる技術はまだなかったようです.花火玉を包む「和紙」さえあれば大砲よりは打上花火のほうが技術的難易度は低いようなので,コストとニーズが合わなかったのかもしれません.

火薬は14世紀になるとヨーロッパに伝わり,盛んに製造されるようになります.フィレンツェではすぐに花火が作られるようになりました.花火を描いた絵画を観ていくと,花火を予め模様に沿って固定しておく「仕掛花火」や,筒から火花を吹き上げる「噴出花火」が長い間主流だったようです.

エベネザー・ランデルスによる1855年パリの花火のイラスト
エベネザー・ランデルスによる1855年パリの花火のイラスト

日本人が火薬に接したのは13世紀の元寇のときに使われた「てつはう」ですが,このときは一方的に使われただけでした.「てつはう」は現在の手榴弾のようなもので,手あるいは投石機を使って投げられたと考えられています.「てつはう」は海中から実物が見つかっています.

火薬の製造技術はヨーロッパと同じく14世紀頃日本に伝えられ,16世紀の鉄砲伝来以降本格的に製造されるようになりました.この時代の火薬はすべて「黒色火薬」という火薬で,木炭,硫黄,硝石(硝酸カリウム)を混ぜたものです.木炭と硫黄は日本には売るほどあったのですが,硝石は雨で溶け出してしまうため日本ではほぼ産出せず,輸入に頼りました.

歌川広重:名所江戸百景(19世紀中頃)
歌川広重:名所江戸百景(19世紀中頃)

今のような打上花火,筒に詰めた火薬で打ち上げ,上空で爆発するような花火が歴史に登場するのは,アメリカの記録では1777年,アメリカ独立1周年を記念したお祭りでのことのようなのですが,実際にはもう少し早くから登場していたようです.花火師の武藤輝彦によると,打上花火は1751年に開発されたとされています.また同じく花火師の細谷政夫によると,1712年,江戸で打ち上げられた「狼煙花火」が打上花火の最も古い記録となります.

雑な言い方をすると「大砲で爆弾を飛ばす」ことになる「榴弾(りゅうだん)」が初めて戦争で使用されたのが1376年,ベネチアでのことだそうなので,おそらくすぐに打上花火の原型も生み出されていたことでしょう.その後,花火は西ヨーロッパ,ロシア,中国でそれぞれ独自進化していったようですが,日本でも打上花火が独自進化したのでしょうね.日本の打上花火は,ゆったりとした筒,和紙で包んだ花火玉,そして花火師が火種を投げ込んで打ち上げるといった点がユニークです.

色とりどりの花火が生まれたのは1830年代,イタリア人花火師によって考案されたときのことです.

打上花火の玉の仕組み(<a href="https://www.kepco.co.jp/brand/for_kids/teach/2017_07/">関西電力</a>)
打上花火の玉の仕組み(関西電力

現在の打上花火は,大きな花火玉の中に「星」と呼ばれる小玉を埋め込んでおいて,燃焼する時間を調整することで演出します.この星に着色用の金属を混ぜておくことで,色とりどりの花火が生まれます.燃焼時間の調整は火薬の配合で行います.

炎色反応

花火は火薬と金属の粉末を混ぜたものです.金属の一部は炎の中で独特の色を示すことから,花火の着色には欠かせないものです.このような化学反応を「炎色反応」と言います.大学受験でも度々出てくるので,化学を受験する人は覚えておかねばなりません.と言っても語呂合わせで覚える方法がありますから,この節の終わりにご紹介しますね.

さて,花火に必要な色の種類ですが,赤,黄,緑,青,白の5種類です.本誌【第15号】でお話したとおり,光の三原色は赤,緑,青の3種類なのですが,きれいな黄色と白を描くためにはそれぞれ用意しておいたほうが良いのです.

金属の炎色反応(<a href="https://global.canon/ja/technology/kids/mystery/m_04_11.html">キヤノン,中條敏明</a>)
金属の炎色反応(キヤノン,中條敏明

代表的な炎色反応の写真を紹介させていただきました.実際に花火で使われる金属について,色別にご紹介します.これらの金属は銅を除くと単体では不安定なので,化合物として使われます.

花火の赤は主にストロンチウム(Sr)とカルシウム(Ca)という金属によって描かれます.ストロンチウムのほうが深い赤に,カルシウムのほうが橙に近い赤に使われます.

受験ではストロンチウムは紅,カルシウムは橙と覚えさせられ,リチウムが赤となるのですが,リチウムは人体への毒性があることや腐食性から敬遠されています.

天青石 (Rob Lavinsky, iRocks.com – CC-BY-SA-3.0, CC BY-SA 3.0)
天青石 (Rob Lavinsky, iRocks.com – CC-BY-SA-3.0, CC BY-SA 3.0)

ストロンチウムは天青石(セレスタイン)という美しい鉱物に含まれています.天青石のままでも炎色反応を示すのですが,花火向けには熱で分解されやすい硝酸ストロンチウム,炭酸ストロンチウム,シュウ酸ストロンチウムが使われます.

カルシウムはもちろん骨の主成分ですが,一番ありふれた入手先は石灰岩(ライムストーン)と大理石(マーブル)でしょう.どちらも古代エジプトでおなじみの建材です.花火には石灰岩を砕いて精製した炭酸カルシウムや,石膏の主成分である硫酸カルシウムが使われます.

花火の黄色にはナトリウム(Na)が使われます.最もありふれたナトリウムは塩化ナトリウム,つまり食塩なのですが,湿気を吸ってしまうため,代わりにシュウ酸ナトリウムが使われます.

花火の緑色にはバリウム(Ba)が使われます.バリウムと言えば,X線検査の造影剤として使われる硫酸バリウムが一番身近ですが,花火には硝酸バリウム,炭酸バリウム,シュウ酸バリウムが使われます.

硫酸バリウムは胃液によって一切溶けず,人体に吸収されないため飲んでも大丈夫なのですが,バリウムイオンつまりは「水に溶けたバリウム」は毒性を持ちます.花火で使われる硝酸バリウム,炭酸バリウム,シュウ酸バリウムはすべて「劇物」に指定されています.

花火の青には銅(Cu)が使われます.銅の粉末が用いられることもあるのですが,硫酸銅や炭酸銅も用いられます.銅を主成分とする孔雀石(マラカイト)の粉末が用いられることもあります.

銅が炎色反応で放出する光の波長は510ナノメートルなのですが,これはかなり緑に近い波長です.例えば青色LEDは450ナノメートル前後,緑色LEDが520ナノメートル前後なので,銅の「青」はかなり緑に近いと言えます.

*追記(2021-08-26): 東京パラリンピック開会式で使われた打上花火の「青」は花緑青(パリス・グリーン)をカララントとし,酸化剤として過塩素酸カリウムを混ぜたものが使用されたようです.本誌【第38号】で報告します.

青い花火が登場するのか,それともドローン・ディスプレイが花火を置き換えるのか,どちらが先になるのでしょう.

白色を出すために,アルミニウム(Al)やマグネシウム(Mg)の粉末を使って高温の火炎を作ることが行われています.これは炎色反応ではなく,炎の温度が高いほど青白くなるという物理現象を利用したものです.

赤外線

花火は見て楽しむものですが,実は目に見えない赤外線を出す花火もあります.赤外線を出すためには硝酸セシウムが使われます.どうして,わざわざ目に見えない花火を作る必要があるかというと…化合物辞典によれば,軍用に必要なんだそうです.

さて,炎色反応の覚え方です.受験生の皆さんは是非ご利用ください.

リアカー 無き K村 動力 借りると(う) するもくれない 馬力 で行こう!

無茶苦茶な日本語ですが,こんな意味です.

Li (赤) Na (黄) K (紫) Cu (緑) Ca (橙) Sr (紅) Ba (黄緑) で行こう!

原子に関する知識だけでは炎色反応を導けないので,ここは覚えるしかないのです.

原爆の起爆剤として

打上花火は中心部に「割火薬」と呼ばれる火薬が仕込んであり,この火薬が周囲の「星」を吹き飛ばすことできれいに広がるように作られています.

逆にこの割火薬を花火の周囲に配置しておくと,内側に向かって一気に圧力をかけることが出来ます.これを「爆縮」と呼びます.

むらなく爆縮を実現するためには,周囲の火薬を完璧に同じタイミングで,むらなく点火する必要があります.また,燃焼は同時に中心部に到達しなければなりません.これは非常に厄介な制約条件で,よほどのことがない限りはこんな爆縮をしようという動機がありません.

しかし,人類史において一度だけ,この問題をクリアする必要が生まれました.アメリカによる原爆開発です.

プルトニウム原爆では,放射性物質であるプルトニウム239の球を火薬で包みます.そして,爆縮を用いてプルトニウム239を一瞬で圧縮します.圧縮されたプルトニウム239は「超臨界」と呼ばれる状態になり,核爆発を起こします.コンピュータのない時代,この厄介な計算を成し遂げたのは「火星人」とも呼ばれた異能の人ジョン・フォン・ノイマンでした.

最初のプルトニウム原爆は1945年7月16日,アメリカのニューメキシコ州で行われた「トリニティ実験」によって爆発しました.2個めのプルトニウム原爆は同年8月9日,長崎市に投下されました.

最初のプルトニウム原爆が爆発した場所は現在「トリニティ・サイト」として,隣接する「シュミット・マクドナルド・ランチ・ハウス」とともに保存されているようです.

アメリカの核開発に絶大な貢献をしたフォン・ノイマンもまた,核兵器による被爆によって命を落としています.

おすすめ書籍

科学者にして花火師でもある清水武夫が,1976年の時点での花火に関する知識をおよそ網羅的に書いた書籍です.このレターでは盛り込めなかった,日本独自の打上花火の方式や,音符を使った花火の設計図の書き方まで書かれています.花火のデザインに音符を使うなんて,驚きですね.

おすすめTEDトーク

TED
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深く暗い海の底には,獲物を獲り,交尾の相手を求め,自衛のために光を放つ多くの生物が棲息しています.生物発光の専門家エディス・ウィダーは,この薄明の世界を最初にフィルムに収めた一人です.TED2011で彼女は,光を放つ生物をステージに登場させ,発光する海洋生物の驚くべき映像を見せてくれます.
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上空で光るお話が続いたので,今度は海の中で光る生き物についてのお話をご紹介させてください.こちらも本当に美しいですよ.

Q&A

匿名質問サイト「マシュマロ」および実名質問サイト「Quora」で質問を受け付けています.普段はツイッターでお返事を書いていますが「ニュースレター読んでます」と入れていただければ,こちらのニュースレターでより長めの回答を書かせていただきます.

今週はこちらのQ&Aから.

この発想は悪魔的だなと思ったものを教えていただけますか?
Quora

悪魔的な発明をしてしまったと我ながら自負しているものを紹介させてください.

ただの水信玄餅に見える?

いえ,ラム酒信玄餅なんです.寒天の量を限界まで減らしたため,とても柔らかい反面,賞味期限が30秒前後と言う幻の一品です.

お口の中ですーっと溶けていく感覚は,本家水信玄餅にも勝るものでしょう.

ただし...

ラム酒のダイレクトインジェクションなので確実にノックアウトします.

材料は,寒天(粉末)5g,グラニュー糖20g,ミネラルウォーター250cc,ホワイトラム250ccです.ミネラルウォーターを沸騰しない程度に温めて,ホワイトラム,グラニュー糖,寒天を溶かして,型に入れて静かに冷やします.

こちらの匿名質問サイトで質問を受け付けています.質問をお待ちしております.

振り返り

このニュースレターでは「振り返り」動画を公開しています.

動画の音声だけを切り出してポッドキャストにもしています.

是非お楽しみください.

あとがき

今年も多くの花火大会が中止または延期になっています.花火について調べていくと,とりわけ日本の打上花火は職人芸で支えられていることがよくわかります.このまま中止が続くと技術継承という面での不安が出てきますね.打上花火技術が失われて数百年もたてば,考古学者は映像アーカイブを観て「いったいどんなドローンを使ったのか?」と頭をひねるかもしれません.

日本の場合,歴史上失われていった技術というのはあまり無いと思うのですが,ルネサンス以前のヨーロッパでは技術が劣化していくのが当たり前だったような気がします.数百年のスパンで考えると,環境負荷の問題から,花火という技術は徐々に失われていくでしょう.

パンデミックが落ち着いたら,是非いまのうちに花火を体験しておいてください.

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