【第7号】音楽がインスパイアした科学

音楽が科学をインスパイアした歴史
金谷一朗(いち)
2021.02.05
読者限定

いちです,おはようございます.

先月の話になりますが,地球から約40光年離れた星「TRAPPIST-1」の様子がより詳しくわかってきたようです.この星には7個の地球型惑星が発見されており,うち3個は地球と同じく「ハビタブルゾーン(生存可能圏)」にあると考えられています.もし人類が地球を脱出するとしたら,行き先候補になっている惑星系です.先月のニュースはこの7個の惑星の密度がほぼ等しいという発見でした.今週ご紹介する「TEDトーク」にもこの「TRAPPIST-1」が出てきますので,どうか最後までお付き合いください.

さて,今週は音楽が数学や科学に与えた影響をお話したいと思います.数学や科学が音楽に影響を与えたという話ではありません.その逆の話なのです.

テクノロジーが音楽を永遠に変えてしまった話は歴史にあふれています.エジソンの「蓄音機」は音の録音,再生を可能にする装置でしたが,この装置は「録音を前提に」演奏するという従来無かった演奏スタイルを生み出しました.エジソンが実用化した電気によって,エレクトリック・ギターのような電気楽器が次々と生まれていったこともご存知のとおりですし,同じく彼が発明した映画技術はミュージックビデオという新しい音楽メディアの基盤になりました.

科学にインスパイアされた音楽も世界にたくさんあります.冨田勲のアルバム「ドーン・コーラス」は太陽から吹き出す粒子「太陽風」が地球の磁気と作用するときに生じるノイズや,恒星からのパルス信号を音源にしています.(YouTubeで “Isao Tomita Dawn Chorus” で検索すると聞けます.)

これらの逆で「音楽が科学をインスパイアした」いくつかの事例を,今週はご紹介したいと思います.結果として,それらのうちふたつは間違っていて,ひとつは科学に革命を起こしました.

ここでお話するのは,音楽の基本要素である「音階」です.現在では数学や科学が音階を決めていますが,かつてその逆だったことがあるのです.

 音階

人類は旧石器時代から,動物の骨で作った笛を鳴らしていたようです.音階がいつ頃生まれたかはわかっていませんが,よく響き合う笛のペアを人類は見つけていたかもしれません.

弦楽器が発明されると,よく響き合う音同士の組み合わせがいろいろ見つかったことでしょう.2本の弦を同じ強さで張った場合,弦の長さが同じ,つまり「1:1」の比率であれば同じ「音程」の音が鳴ります.もし片方を半分の長さ,つまり「2:1」にすれば,その弦からは1オクターブ高い音が鳴ります.比率が「整数」対「整数」になっているので,これを「整数比」と呼びます.

他の整数比を用いるとどうなるでしょう.例えば弦の長さを「3:2」にしてみましょう.そうすると2:1の時とは違った,さらに美しい響きが得られます.現在の言葉で言えば「完全5度」という関係になります.この3:2の比率を使うと,いろいろな音階が得られます.

いま,ある弦を弾いて鳴った音を「レ」としましょう.この弦の長さを2/3倍にして弾くと「ラ」に相当する音が鳴ります.さらに2/3倍,つまり元の長さの4/9倍にすると「ミ」の音が鳴ります.ただし,この「ミ」は1オクターブ高いので,倍の長さの8/9倍を使います.「ミ」の2/3倍にあたる16/27倍の弦からは「シ」の音が鳴ります.

また元の弦の長さを今度は3/2倍つまり1.5倍にすると「ソ」に相当する音が鳴ります.もう一度3/2倍,合わせて9/4倍すると「ド」の音が鳴ります.この「ド」は1オクターブ低いので,弦の長さを半分にして9/8倍にしておきます.「ド」のさらに3/2倍にあたる27/16倍の弦からは「ファ」の音が鳴ります.

ピタゴラス音律と弦の長さ
ピタゴラス音律と弦の長さ

弦の長さを2/3倍にしたり3/2倍にしたり,つまり3:2の比率(およびオクターブを表す2:1の比率)だけを繰り返し用いることで,ドレミファソラシという音階が見つかりました.この音階は「ピタゴラス音律」と言って,初期ルネサンスまでの西洋音楽で用いられていました.

ピタゴラス音律では「ド」(9/4倍)と「ソ」(3/2倍)の比率が3:2になる他,「ファ」(27/16倍)とオクターブを調整した「ド」(9/8倍)の比率も3:2です.音楽に詳しい方は「ドミソ」の和音や「ファラド」の和音を思い浮かべていただくと良いかもしれません.このときの「ド」と「ソ」の関係や「ファ」と「ド」の関係が完全5度ですね.

一方で「ド」とオクターブを調整した「ミ」(16/9倍)の比率はややこしいことに81:64となります.81:64の代わりに,ほぼ等しい比率である5:4を用いた調律は「純正律」と呼ばれます.(他に「ド」と「シ」の比率がピタゴラス音律では243:128になりますが,純正律では15:8に変更されます.)

2:1のあいだ

ピタゴラス音律も,それを少し調整した純正律も整数比を使ったものでした.特徴は2:1という「考え得る限り最も単純な比率」つまりオクターブの中間に7個の音階「ドレミファソラシ」を置いたこと,そして,すべての音階が整数比で表されていることでした.音階が美しく響くこと,それらが整数比で表されることは,大変に美しく見える関係でした.

また,偶然にも天動説における惑星(日月火水木金土)が7個あったことも,7音階こそが神の差配だと人々に信じ込ませる根拠になりました.地動説を理解していたドイツ(当時は神聖ローマ帝国)の天文学者ヨハネス・ケプラーでさえも,天体の運行を音階で説明しようと試みたほどです.説明はうまくいきませんでしたが,惑星運行に関する「ケプラーの法則」の発見には結びついたようです.[参考文献1]

なお【創刊3号】で触れた科学者ガリレオ・ガリレイはこの当時,ケプラーにファンレターを送っていたようです.その13年後,ガリレオは「星界の報告」を出版して地動説を公然と支持します.その後のガリレオについては,是非【創刊3号】をお読みください.

さてここで,純正律による弦の長さの比率を示しておきましょう.今度は「ド」を基準にします.

  • ド 1/1
  • レ 8/9
  • ミ4/5
  • ファ 3/4
  • ソ 2/3
  • ラ 3/5
  • シ 8/15
  • 1オクターブ上のド 1/2

音楽における調律は長い間,その幾何学的で美しい関係ゆえに,天文学のみならず,様々な学問への影響を与え続けました.

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